―“国勢統計”の歴史から日本社会近代化の実相を知る―


人口はじめ国力をはかる経済統計の整備は現代社会にとって重要な政策の一つであろう。日本も国家近代化を目指し、明治4年、政府内に統計院を設置し政策運営のため統計整備に乗り出している。それから1世半紀余りの2023年4月、総務省統計局は、設立150周年を記念して「統計博物館」(旧統計資料館)を整備、展示内容も大幅にリニューアルして一般に公開している。私もこのことを知り、早速、訪問して見学してきた。

博物館では、「統計150年の軌跡をたどる」をテーマとして展示を構成し、統計制度の歴史、統計整備に関わった人物像、統計に関する歴史史料、国勢調査資料、古い統計機器、逸話などをパネル、年表、映像などで詳しく紹介していた。また、現在公開されている統計局の国勢調査統計、統計ダッシュボード(人口、世帯、就業統計などの地域別年次別グラフ)、統計地理情報(e-Stat)なども会場で実際に確認できる。中でも、初期に使われた歴史的な統計機器展示、全国国勢調査の記録などは貴重で見応えがあった。

総務省統計局「統計博物館」
〒162-8668 東京都新宿区若松町19-1 総務省第2庁舎敷地内
電話03-5273-1187
https://www.stat.go.jp/museum/index.html
♣ 統計博物館の展示内容紹介

館内には、統計の歴史や明治期の偉人と統計との関わり、戦後日本の統計制度の再建などの歴史をパネル等で紹介されているほか、明治初期からの統計に関する貴重な文献や国勢調査の記録資料・調査用品、日本初の統計集計機「川口式電気集計機」や同入力カード用の「亀の子型穿孔機」などの歴史的な集計機器が展示されている。(博物館解説より)
<展示からみる明治期の偉人と統計>


会場に入ると、まず目につくのは、日本の統計制度成立に尽力した人々の肖像と統計整備の歴史を記した壁面一杯のパネル展示と年表。政府に「統計院」を設立させた大隈重信、欧米の統計学を導入し国勢調査の基を作った杉亨二、初めての全国国勢調査を実施させた首相原敬、戦後日本の統計制度改革を行った吉田茂、社会統計の基礎を築いた髙野岩三郎、大内兵衛などの事績、役割、貢献が詳しく記録されている。これらは「統計150年の歴史」展示のハイライトをなしていることを示す。
<統計年表史料にみる統計整備の黎明期>



人口や土地の把握は国家運営の基本であるといわれ、江戸時代以前から「人別帳」「土地台帳」の形で存在していた。しかし、政府が統一的な方法でデータを収集、集計して“統計”を作成し公表するようになったのは明治以降である。明治政府は,明治4年(1871)、太政官正院に「政表課」、明治14年に「統計院」を設立し、国家運営の基礎として公的統計制度の整備を開始している。

博物館の展示年表には、明治4年の「統計課」設立前後から、大正年間の第一回国勢調査、戦後の統計制度確立、社会・経済統計の整備までの動きを詳しく記している。これによれば、明治4年に「戸籍法」を成立させた明治政府は改めて人口調査を開始した。この責任者となった杉亨二は、明治4年「日本政表」及び「国政要覧」、翌年には「辛未政表」を刊行、政府統計の基盤つくりを早くも開始している。 また、明治11年には試験調査として山梨県で最初の人口センサス統計「甲斐国現在人別帳」を実施した。これらを受けて政府は「統計院」を設置して戸籍統計に替わる人口統計を整備する体制を整えるのである。そして、明治31年(1898)には人口の移動を把握する「人口動態統計」も実施されている。これらの動きは、歴史資料と共に年表でくわしく展示されている。



<明治年間の統計整備>


一方、明治年間に人口統計のほか、産業動向を把握する物産統計も徐々に整備されようになる。新たに農総務省が設置され「農商務通信規則」により、農産品、生産設備、職工数などの把握が可能になり、行政資料として地方別「物産表」「生産動態統計」が作成されるようになったことによるという。 しかし、いずれの統計も各府県、町村で個別に集められたデータを基にして集計した二次統計資料で、不正確で定義も曖昧なことは否めなかった。これらを是正し本格的な「国勢調査」が実施されるようになったのは、大正9年(1920)になってからであった。
<第一回国勢調査の実施とその後>


日清日露の戦争と産業発展の経過を経て、国力のより正確な把握を必要とした日本は、悉皆調査によるセンサス「国勢調査」の実施を計画する。これは明治28年(1895)、万国統計協会(ISI)が世界人口センサスへの参加を呼びかけたこともきっかけになっている。政府は、この翌年「国勢調査ニ関スル建議」を可決して準備に取りかかったが、実際に実施されたのは20年後の1920年になった。この第一回の国勢調査は国家的事業として大々的に実施されることになる。このときの模様は、展示の年表だけでなく、実行過程の文書、宣伝、ポスター、記念品など詳しく記録展示されている。政府が如何にこの調査を重要視していたかを窺うことが出来る。この第一回以降、太平洋戦争時を除いて5年ごとに継続的に実施され、日本の社会変化を把握する重要なツールとなっている。
この間「労働統計実地調査」(1924-)、「賃金調査統計」(1925-)などの社会統計も定期的に行われるようになっている。
<戦後の統計体制整備>


戦後の民主化を受け、統計制度も新しい展開を見せる。展示でもこの転換点の動向を詳しく記録している。まず、1946年(昭和21)、社会経済学者大内兵衛を委員長とする「統計制度改善に関する委員会」が設置され統計制度の改革案が検討される。この下で「統計委員会」の設置(1946)、「統計法」の制定(1947)が決定している。改革の方向性は、科学的手法に基づく総合的な統計整備で、センサスの継続的拡充と標本調査による対象統計の拡大である。また、統計成果の社会的活用も重要視された。これにより重点は、国民経済計算体系の充実、経済統計から社会統計への移行となっている。行政組織としては総理府統計局が誕生、これが主務官庁となり、人口、労働、事業活動、消費、住宅など広い分野にわたって総合的な統計の整備と公開が広くなされるようになる。
<現代の統計整備と課題>

これまで博物館の年表展示を中心に、明治初期以降の統計整備の状況を記してきたが、博物館では現在の多様な統計のあり方と課題についても触れている。これによれば、国勢センサス調査の充実と併せて、多様な政府統計調査の拡充(家計調査、労働力調査、物価統計、企業統計、土地基本調査、環境統計など)を行うこと、コンピューター活用による産業連関表作成などの新しい取り組みの開始がなされている。また、何よりも従来の「行政のための統計」から「社会のための統計」を目指すとしている。このためインターネットによる情報提供、統計の社会利用・公開が大きく呼びかけられている。「地図で見る統計」(Jstat Map)、統計ダッシュボード(e-Stat)などの提供開始などは、この方向を示唆している。明治以降充実させてきた“統計”がいよいよ社会全体の財産として生かされるようになってきたといえよう。



<機器にみる統計の歩み>



博物館のなかで興味ある実物歴史資料としては、初期の統計作成作業に使われた機器の展示がある。中でも、明治期に統計調査結果の集計に使われた『川口式電気集計機』と「亀の子型穿孔機」は珍しい展示である。これは穿孔カードを読み取って分類集計する画期的なもので、「明治37年人口動態統計調査」にも使用された。当時の情報処理技術レベルを知る上で貴重なものとして「技術遺産」に指定されている。指針は長針と短針からなり、長針は1回転100枚、短針は1回転10,000枚を示し、両針は一周すると零位に戻り、調査項目ごとの穿孔されたカード枚数をこの計盤から読み取ることができるという。 そのほか、昭和5年国勢調査の集計に使用した「複式自動分類集計機」、昭和30年国勢調査の集計に使用した「電子管式分類機」、「マーチャント計算機」(1925)、「ダルトン計算機」、「タイガー電動式計算機」(1928)などの、電子計算機以前の集計機器が陳列展示されていて興味深い。



♥ 見学の後で


日常的になんとはなしに使っている「統計」という言葉は、約150年前、近代国家設立を目指す明治政府が国力の指標として初めて使用したものであることを総務省「統計博物館」で初めて知った。この語源は19世紀のドイツで「国状学」(Staatskunde)という形で生まれたものであるという。国の人口、土地に関するデータを収集して国政に用いるいわゆる「政表」として普及したのである。その後、この“統計”は、日本で戸籍や土地調査と結びつき、政府が発表し行政の指針として使われるようになり。1920年代には国勢調査センサスとなって発展してきている。一方、“統計”は数学と結びついて数理統計学として学問の一分野としても社会的役割を果たしていくことになる。 博物館展示では、こういった一連の動きを年表の形で明らかにしているが、これをみると常に政治のあり方や行政の動き、社会情勢と連動時代の変化を伝えているようだ。

明治以降、昭和初めまでの官制主導の統計手法、戦後の民主化を反映した統計作成目的の変化がこれを示している。統計調査の分野も大きく拡大し、単なる人口・土地・事業統計から、金融、物価、住宅、生計、雇用といった社会生活に密着するものも多くなっている。従来の「行政のための統計」から「社会のための統計」へと大きく変化しているといえよう。また、インターネットの普及は、「地図で見る統計」(Jstat Map)、統計ダッシュボード(e-Stat)のなどによる統計の社会利用・公開を促進している。政府の公開“統計”がいよいよ社会全体の財産として認知されるようなってきているという統計局博物館のメッセージは意味深い。 いずれにしても、今回の博物館訪問は、「統計」に対する新しいイメージを開かせてくれた。
(了)
○ 参考とした資料など
- 「統計150年の歩み」(総務省統計局)(総務省統計局)
- 「統計資料館案内パンフレット」(総務省統計局)
- 「我が国近代統計の祖 杉杉亨二」)統計博物館)
- 「統計ダッシュボード」(総務省統計局)
- 「明日の統計2022―令和4年就業構造基本調査」(総務省統計局)
- 総務省統計局「統計博物館」HP https://www.stat.go.jp/museum/
- 日本の統計学の歴史的発展(川崎茂)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjssj/49/2/49_161/_pdf
- 日本の統計学の歴史的発展における公的統計の役割(川崎茂)(日本統計学会誌2020 Mar.)
- 日本の官庁統計の発展と現代(永山貞則https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjss1970/16/1/16_1_101/_pdf
- 国勢調査のあゆみ (stat.go.jp) https://www.stat.go.jp/data/kokusei/2015/kouhou/ayumi.html
- 日本の公的統計制度の歴史 – Wikipedia