― 農業技術開発の現状を知り先端農業への挑戦をみるー


近年、日本の食料自給や食の安全が語られることが多くなってきている。また、それを支える農業の現実、環境問題への言及なども最近目立つ。こういった中、農大の博物館、味の素の資料館など“農”に関連する博物館を訪ねてきたが、今回は、筑波市にある農水省関連施設「食と農の科学館」を見学してきた。これは独立行政法人「農研機構」(農業・食品産業技術総合研究機構)が運営する研究施設で、日本における最近の農業技術開発と最新の農業研究を紹介する貴重な施設となっている。この科学館は、将来の農業、食品産業のあり方を提案する「食と農の大切さ」テーマにした教育博物館である。


館内の展示には、米や麦の新品種開発、果樹や茶の改良栽培法、土壌改良などの研究から、繭や植物を利用した新素材の開発、遠隔自動農機、AI利用によるスマート農業などの新しい取り組みなど数多く取り上げられている。また、別棟には「農業技術発展資料館」があり、歴史的な農機具の展示、農法の変遷などを示す解説展示も行っている。 今回、これを訪ねてみて日本の農業発展の姿、将来の農業技術のあり方を改めて考える機会を得た。
○「食と農の科学館 https://www.naro.go.jp/tarh/
所在地: 〒305-8517 茨城県つくば市観音台3-1-1

以下に、食と農の科学館」の設立の背景、展示に示された農業技術研究開発の成果と課題、これから進めようとしている研究方向などについて紹介してみた。また、次節の「農業技術発展資料館」では展示を通じて日本農業技術と農法、農具の発展、そして近代農業形成の土壌となった農業試験所の歴史についても考えてみたい。
♣ 「食と農の科学館」のテーマと内容

この「食と農の科学館」の展示は、日本の農村農業の抱える全般的課題、今後の農業あり方、省力化機械化、生産性向上などの課題を農業技術開発研究の点から検討する構成となっている。日本で蓄積されてきた水田畑作の技術力の活用と新技術の開発、土地生産性、労働生産性の向上のための工夫、高品質作物の生産促進を促す技術開発が主要なテーマである。具体的には、米、多様な穀物、野菜、果実などの高品質で安定的な生産技術、品種改良、病虫害防御、農業生産の省力化などに結びつく研究成果の紹介が中心となっている。
<高度な農業生産技術の確立>


まず、展示で最初に紹介されているのは、重い労働負担をもたらす水田や畑作の生産性を向上させ、いかに労働を軽減しつつ効率的な農業経営を進めるかの技術開発の例である。ここでは、多様な作物の集約的輪作の促進、衛星画像の利用による生育診断・予測システム、JCTを活用した労働生産効率の確立など「スマート農業」の実現が具体例として紹介されていた。
例えば、無人ヘリによる播種や除草といった水田稲作対策、自動運転耕耘機・田植機の開発と採用、「コーティング湛水直播」(鉄粉でコーティングした種の直播)の技術などが紹介されている。 これら技術開発によってどのように省力化が図られるか、労働生産性向上、新しい労働形態を促進されるかがテーマである。


また、土地利用効率化技術に関しては、利用効率化技術に関しては、地下水位利用制御や地下水制御システムの開発が事例としてあげられている。 このうち水田の地下に設置したパイプと補助孔による給排水を行うシステムは水田輪作で多く見られる湿害を防ぐばかりでなく、干天時には給水ができ、大豆、麦、野菜などの増収と品質が期待できるという。



AIを使った農業用水の配水管理システムなどの試みも研究事例として紹介されていて興味深い。これらは、まだ実験段階のものも多くなっているが、実現すれば農作業、農業経営の大きな変化をもたらすものと思われる。労働生産性向上が図られるか、新しい労働形態を促進されるかがテーマである。
また、土地利用効率化技術に関しては、地下水位利用制御や地下水制御システムの開発が事例としてあげられている。このうち水田の地下に設置したパイプと補助孔による給排水を行うシステムは水田輪作で多く見られる湿害を防ぐばかりでなく、干天時には給水ができ、大豆、麦、野菜などの増収と品質が期待できるという。AIを使った農業用水の配水管理システムなどの試みも研究事例として紹介されていて興味深い。これらは、まだ実験段階のものも多くなっているが、実現すれば農作業、農業経営の大きな変化をもたらすものと思われる。
<米と麦の品質向上と品種改良>)


次の展示テーマとなっていたのは、米や麦、さらには大豆などの品種改良の推進である。米については、これまで多くの高品質米が開発され、ブランド米として商品価値が高いものが多く見受けられるが、ここで紹介されているのは農業研究センターで開発された病虫害に強く直播に適した新品種である。まず、東北地方の「萌えみのり」と「えみのまき」。これは草丈が短く直播に適し、従来の「ひとみぼれ」より多収で美味であるという。
新品種として注目されているのは「北瑞穂」という北海道に適した米種である。夏の気温が低くてもよく実り収穫量が多いのが特徴。この品種は、ベトナムのフォー、生春巻きライスペーパー、イタリアのリゾット、タイのグリーンカレーなどに使われ、これを使ったライフパスタも商品化されているという。食の多様化が進む中、これに合わせた普及が期待されるとされる。こういった新しい品種の登場は、 すでに飽和状態にある米市場に刺激を与えるだけでなく、労働生産性と国際競争力を高めて形で海外市場への進出も可能となるものであろう。


<小麦や大豆などの品種改良と栽培法の改革>


米の品種改良と並んで近年開発が進んでいるのは、大豆や麦の新品種開発である。海外依存度が高いこれらの穀物、豆類は海外の安価な大量生産に押されて国内生産は振るわなかったが、これらの新品種開発と栽培法の工夫によって国内自給率を高める効果が期待できる。展示では、総研機構による幾つかの品種改良例が幾つか紹介されている。例えば、従来の国産小麦は日本麺用が多かったためパン、中華麺には向かないものが多かったが、農研機構ではこれらに適した小麦を開発中であるという。 超強力小麦「ゆめちから」がその一つ。寒冷地での栽培に適した秋蒔き小麦で、萎縮病に強くパン、中華麺、醤油原料に適するという。また、温暖地での「せときらら」は、多収で赤カビ病に強く輸入小麦と同様に製パン性に優れている新品種である。
大豆では、新しい改良品種として「サチユタカA1号」が紹介されている。“サチユタカ”はもともと収量性に優れ、蛋白質が豊富なため豆腐の原料として評価が高く広く普及しているが、サヤがはげやすいという問題があった。これを改良した「A1」はこの欠点を克服した新種で収穫時の機械利用など生産性を高めることができた。


また、黒大豆の品種として誕生した「クロダマル」は、大粒で光沢があり甘みが強い大豆として九州を中心に普及し、煮豆として料理に多用されている。この大豆種は。今後の農業経営にもつながる試みとして、農家、大学、行政、消費者が連携する“食農連携”「九州大豆プラットフォーム」を形成して普及に努めている点が、今後のあり方として注目を集めている。
このように細分化され生産性が低いとされてきた農業経営が、品種改良、栽培技術進行させる研究開発が新しく生まれ変わる可能性を感じさせた展示であった。
<“農”を元気にする土壌研究>

農業土壌の研究も重要な展示テーマであった。このため作物種にあった土壌の選別と分布地図が作成されていて注目された。土壌はもとになる鉱物、季候、そこに生える植物、地形、人間の働きかけにより多様な様子を示すものである。これを分析することで農作物の種類、生育適正、必要な土壌改良などをはかることができると期待される。具体例として関東地方の土壌の種類と分布、土地利用の姿が図式化されて展示されていた。


<果樹、野菜、茶などの研究開発>


果実や野菜栽培も日本農業にとって非常に重要な農産品である。このためこの栽培法や品種改良は重要な農業研究テーマとなっているようだ。近年、これら農産物の生産は農家収入の重要な源泉となっている上、海外市場進出への注目度も高くなっていることは周知である。科学館の展示では、リンゴ(「フジ」)、ニホンナシ(「幸水」)、イチゴ、ぶどう(「シャインマスカット」、メロンなどをどのように栽培するか、商品化するかなどの例が多く紹介されていた。


また、大根、キャベツ、ナスなどの野菜、芋類(ジャガイモ、サツマイモ)、茶やソバ、果樹類などの栽培法の工夫や品種改良、加工商品化の可能性も大きな研究テーマとなっていることが展示でもわかる。興味深かったのは野菜栽培の「植物工場」の実験展示。


農地が不要で季節に関係なく屋内で栽培ができるので、今後、都市型の工場農業として注目される事例である。既に事業化されているものも多くあるようで、これからどのような野菜、果物が栽培可能なのかの研究が進められることが期待される。会場ではトマトの植物工場が紹介されていた。また、花種栽培では交配では難しい「青い菊」生成が、遺伝子操作によって可能になったと標本展示がなされていた。
<カイコ(繭)など動植物の利用による新素材開発>


カイコ(繭)の品種改良による多様な絹製品の開発も重要な研究テーマとして紹介されていた。最近では日本繭から生成する新素材開発が新しい挑戦課題の一つとなっていることが示されていた。会場では、農研機構が遺伝子組み換え技術を使って新開発した「光るマユ」と「光るシルク」を例として展示している。また、この分野では衣料だけでなく新しい医療素材としても活用する可能性も広げていることもわかる。


このほか、ここでは畜産農業の振興と衛生管理対策、「食と農」の連携(食品産業と農業の連携、新しい日本食の振興)、農業施設の災害防御など多様なテーマでおの展示がみられた。
♥ 見学の感想として


「食と農の科学館」は、現在進みつつある先端の農業技術の中身を多様な形で紹介する興味深いものだった。ただ、ここで展示されていた殆どが農林水産省傘下の研究機関「農業総合研究機構」(農研機構)によるものであることには注意が必要であろう。このため民間研究機関や農協での技術開発の取り組みは入っていないと思われるが、現在抱えている農業問題と農産食品産業をみる上では非常に参考になる内容となっている。しかし、農業問題は、技術にとどらまらない大きな社会問題、例えば、農地所有と経営規模、過疎化、農業の担い手のありかたなどと深く関係していることも意識する必要をあると思われる。展示では食品産業と農業、環境保全技術にも触れている点は大切だが、農業の国際競争力を今後どう増していくかも課題の一つと思われる。展示では、味覚豊富で健康促進にも役立つ「日本食」が世界で注目されつつある中で、日本食品の海外進出増強の可能性の指摘があるのは力強い指摘であるように感じた。

いずれにしても、日本の農業技術は、江戸時代から水田農作を中心に長い蓄積の中で磨かれてきたものだが、明治の近代農業技術の導入によって新しい発展の姿をとり現在に至っている。近年では、生物遺伝子科学、化学、ICT、機械化技術の進展により新たな農業、食産業の大きな変化を遂げつつある。これを踏まえ、次節では「食と農の科学館」にある「農業技術発展資料館」の展示からみる日本の農業と農具の歴史、日本における農業試験場の歴史と農業技術研究の背景をみていくこととする。 なお、「食と農の科学館」では、農業分野のほか、水産、林業なども対象になっているが、多岐にわたるので、今回は農業関係の展示に限定して紹介した。
(この稿了)
参考資料:
- 「食と農の科学館 https://www.naro.go.jp/tarh/
- つくばサイエンスツアー「食と農の科学館」https://www.i-step.org/tour/lab/?id=8
- 茨城県次世代エネルギー推進協議会「スタッフ見学日記―食と農の科学館」https://www.ibaraki-energypark.jp/blog/2011/03/post-1.html
- 農研機構オンライン一般公開生配信の「食と農の科学館密着レポート」https://www.youtube.com/watch?v=L8KAYRU9q80&ab_channel=NAROchannel
- 広報なろNARO No27 (2022)「 SDCから知る農研機構」パンフレット
- 広報なろNARO No23 (2021)「つながる―地域と共に成長―」
- 農研機構編「ゲノム編成―新しい育種技術」パンフレット
