「材木と合板博物館」を訪ね、木場の技術文化を探る

  ―木材製品の魅力を知り深川木場の歴史と今昔を学ぶ

材木と合板博物館エントランス

 今年2月、京葉線新木場駅に近い「材木と合板博物館」を訪問してきた。日本で使われる木材の種類や特性、材木・合板の製造・加工技術、利用形態、林業と環境保全などをテーマとする博物館である。日本に残る“木の文化”と“木工技術”の伝統を伝え、現在の木材利用や加工技術、木製品の商品開発を促進する目的で2007年設立されている。館内には豊富な木材見本や加工品、製材機械などが解説付きで展示されている。 今回の訪問で、改めて、日本に伝わる“木”材の魅力、蓄積された木工技術の力、江戸時代から始まる「木場」の歴史を肌で感じることができたと思う。 以下は、この見学記録。

♣「木材と合板博物館」の展示

PHOENIXビル
ホールの滝と森オブジェ

 博物館は、東京都江東区新木場の「新木場タワー」のなかに設置されている。このタワーは公益財団法人PHOENIXのもので、エントランスを入ると巨大な人工滝と森を模したオブジェに驚かされる。この3階が博物館の展示室、4階が事務所や研修室、図書館となっている。

 

3階の展示室には、木材パネルと林相風景を表す入場口があり、これを過ぎると「森の姿と樹種のいろいろ」と題した展示があり、森林の生態、環境に関する役割や機能がパネルで紹介されている。また、次のコーナーは「木のこといろいろ」展示となっていて、木や木材に関する多様な情報が得られるよう工夫されている。

森林と環境を示す展示
樹種と年輪、木質の展示
様々な用途の木工品展示

 

様々な木材加工品の展示
材質別にみた木製品展示

 例えば、樹木の断面展示で、年輪や中心部の髄、その利用形態や用途、質感が実感できる。

木組み技法の日本家屋見本
日本伝統の継ぎ手手法など

<木の一生展示>
  また、「木の一生」では樹木植え付け、間伐、伐採までの材木管理の流れと共に、木材の加工を通じて造られる炭、紙、木工品の種類、住宅建築建材などの紹介がなされていて、人間生活と木との関わりを知ることができる。日本古来の木材の継ぎ手、仕口加工などの住宅建設に使われる技法の紹介も興味深い展示である。例えば、樹木の断面展示で、年輪や中心部の髄、その利用形態や用途、質感が実感できる。

<合板を知ろう展示>

浅野吉次郎と合板開発の記録展示

 次の「合板を知ろう」では、現在使われている合板の製造法と仕組み、合板の種類、使用法などの紹介がなされ、丸太を剥ぐ合板製造器「ベニヤレース」の動作展示もあり、木材利用における合板の役割が実感できる。この日本で初めて合板手法を開発した「浅野吉次郎」の事績もビデオで紹介されている。

合板素材をつくる機械「ベニアレース」
ベニア素材製作の動作展示

(会場に用意された「ベニアレース」(合板製造機械)とその動作展示。丸太の表面を剥いて紙状の合板素材をつくる様子が再現されている)

<木のまちの今と昔 展示>

貯木場と木場の木材業者の模型展示

 「木のまちの今と昔」というコーナーも用意されていて、木場の歴史、江戸時代の材木商の様子、木場で木材加工業に従事していた人々の姿、過去から現在に至る木材加工の道具なども陳列され、木場というまちのなかで人々がどう働き、どう生活をしてきたかがよくわかる。

木材利用と地球環境展示>

地球環境と林業の共存を示す展示

 「木材利用と地球環境」も興味ある展示である。樹木のもたらす光合成が地球の酸素を排出して地球の温暖化を緩和する仕組み、林業の活性化が地球環境を守る効果、間伐を行って森林の日照を確保する森林管理の必要性といったことを説明する展示パネルと映像資料は、わかりやすく魅力的である。会場中心に置かれた“木製地球儀”はこのシンボル展示となっている。

博物館内の研修に使われるスペース

<研修センター、図書館となっている展示>

 4階の博物館コーナーは、木材加工や木材・合板の学習、研修コーナーになっており、定期的に実習が行われている。作業デスクと工具類も準備されていて一般の人も実習に参加できるという。また、木材加工や合板についての映像を映すミニシアター、図書室も用意されていて見学者、研修者の教育の場としての機能も持っているという。 

 展示の全体を通してみると、並べてある全ての木材製品や樹木の実物が木材の魅力、質感、香り、雰囲気をよく伝えてくれていると思えた。また、伝統的に伝えられてきた日本の優れた木工技術の姿、現代技術を木材加工や建築手法に活用する様子、木材利用と植林事業の再循環機能維持の大切さなどがよく反映されていると思う。

♣ 博物館にみる木材業の変貌と木場の歴史

江戸初期の木材商人域と木場場の地図

 ここでは、博物館の展示「木場の今と昔」も参照しながら、日本の木材、林業の歴史と現在、深川木場の変化について考えてみた。

<江戸期の材木商と木場>

 よく知られるように、1590年に徳川家康が江戸城を修築し、城下に大規模な土木工事、屋敷建設を開始したことにより膨大な木材需要が発生、このため幕府は日本中から商人に命じて大量の材木を調達させた。この材木の流通を支える“貯木場”として設定されたのが「木場」である。当初、材木商は日本橋付近に居を置き材木河岸(材木町)を形成していたが、1641年の江戸大火により材木商は永代島(のちの元木場)に集められた。

木場での材木商の取引図絵
江戸期木場の錦絵

 さらに、1657年の「明暦大火」をきっかけに、「木場」を墨田川の対岸にある深川に移転させた。これが「深川木場」の起源となる。

  その後、江戸は政治・経済の中心として町の規模は拡大することで一大都市として発展するが、材木需要はさらにふくれあがり、江戸の材木商たちは水運も手伝って莫大な商機を得る。このうち、特に有名なのは紀伊国屋文左衛門らであった。この商売の受け皿になった地が「木場深川町」である。深川には、それ以降、材木商人だけでなく、木材を扱う職人、運送業者、商家、遊興業者が蝟集し一大産業・消費地となって繁栄する。この様子は博物館の錦絵展示にもよく表現されている。

<明治初期から大正にかけての木場>

明治期に入った木場の様子

 時代は変わり明治となり江戸期ほどの需要はなくなるが、新都市東京の建設が着実に進み、材木業は底堅い取引が継続されたことで、深川は新しい街づくりをはじめることとなる。この中で、明治19年(1886年)、本所・深川を中心に材木問屋約200名が「東京材木問屋組合が発足したことが、材木業発展には大きな力となった。

 こうして、明治以降の近代化に沿って、林業技術の革新、機械製材の普及、製材工場の増設など業界は新しい時代に向けて歩んで行くことになった。また、東海道線・東京神戸間開通に続いて、鉄道網が拡大。水運だけではなく鉄道という強力な輸送手段が加わることで、東京市場への木材入荷量も着実に伸びていった。

手話40年頃の木場の様子

 こういった矢先襲ったのが1923年の関東大震災であった。本所方面から南下した火は、堀に浮かぶ筏にまで延焼、木場は猛火に包まれ、町ちは甚大な被害を受ける。失った木材は1年分の需要量に相当する規模だったといわれる。この震災は町の様子を一変させる出来事であった。この影響は長く続いたが、復興事業の推進により徐々に街づくりは再開され、大規模な区画整理と道路整備と橋の復旧も行われ町の再開発は進んだ。

<昭和に入った深川木場の様子> 

深川木場の偏せ院を伝える博物館のパネル

しかし、1945年3月の東京大空襲は、再び地域に大被害をもたらし、災害に弱い東京下町の現実を目の当たりにする。浅草、本所、深川はほとんど焼け野原になった。これにより町も木材業も壊滅的な影響を受けている。それにもかかわらず、戦後の日本経済の急速な復興、高度経済成長は改めて木材需要の拡大を生み、やがて木材取引を活性化させた。深川木場の町も徐々に再生を果たして行くことになる。この当時の写真は町の変化をよく伝えている。

 

移転を終えた深川新木場

その後、さらなる木場と木材業の変化を促したのは、本所深川を含む江東地域一帯の地盤沈下問題だった。また、都市化が進んだ木場には、取扱量の増大にあわせた貯木場の拡大ができないという問題も発生した。そこで1958年、地域は「木場移転協議会」を結成。新しい木場の建設と集団移転というプロジェクトがスタートさせた。紆余曲折を経て、20年後の昭和56年(1981年)、東京港14号埋立地(現在の新木場1〜3丁目)に、新しい貯木場と木材業団地がつくられ、635余の木材関連企業が移転を果たしている。

<現代の深川木場の様子> 

木場における材木業者の作業場など

この間、木材業界は、原木の国内調達から外国輸入材への転換、木材加工の機械化、製材加工から合板材への転換、パルプチップ加工という技術変化、住宅建築における建材変化、木材職人や従業員・技術者の技能転換、雇用状況の変化などの社会的条件の変化、環境問題や政策、運輸手段の変革などの外部的な内部的な条件も大きく変わっていることも指摘できるだろう。

そして、木場についてみると、移転した材木関連企業跡地は、広大な面積の「木場公園」と変貌している。その公園の一角にはイベント池が設けられて、かつての木材職人「川並」が材木を伝統の技を使い「筏こぎ」、「角乗り」をする様子が再現されている。そこには木場と材木業の歴史が詰まっていると感じられた。

木場公園の景観
木場公園での「川並」角乗り
新木場周辺の街の様子

(了)

参考とした資料

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