油圧機器の歴史を語る「カヤバ史料館」を見学

  ―動力機械の基盤を支えた部品メーカー企業の軌跡と製品―  

カヤバ史料館のある相模工場

 先日、神奈川県相模市にあるカヤバ株(KYB)の史料館を訪ねてきた。日本有数の油圧機器の総合メーカーであるカヤバの歴史と製品を紹介する博物館である。これまで油圧装置の原理や応用技術についてはあまり知識がなかったのでよい勉強になった。「史料館」ではカヤバで扱う各種油圧機器を詳しく紹介する展示を行っていたが、その応用範囲の広さには驚かされた。カヤバの油圧製品は、自動車を初め船舶、建設機械、産業機器、鉄道、建築物など広い分野に及んおり、今日の産業活動に不可欠の基礎部品であることがよく示されている。

史料館の展示コーナー

 鉄道や自動車の乗り心地を左右するショックアブソーバー、劇場舞台の回転や展開に使う制御モーター、障害者スポーツのサポート機器などで油圧振動・制御技術が広く使われていることがわかる。これら部品装置の動作内容は、完成機械機器の概観からは実際わかりにくい。しかし、「史料館」では、これらの機能や応用事例を実物展示やパネルで丁寧に紹介しており、技術に詳しくないものでも理解が進む。大型産業機器や動力機器の技術基盤を見る上では最適の技術博物館であろう。歴史的にも、油圧専業企業として新分野を開拓してきたカヤバの事業展開を見る上でも興味深い史料館となっている。
 以下に、史料館の展示内容の紹介とカヤバの発展と技術開発の歴史を記してみた。

♣「カヤバ史料館」の展示の概要

カヤバの事業展開を示すパネル
史料館のエントランス

 「史料館」はカヤバ相模工場の一角に設置された来客用の施設となっている。エントランスを入ると、すぐに展示コーナーが設置されており、カヤバの最新製品と社歴を記したパネルがある。ここでカヤバの事業概要と歴史がわかるように展示がなされている。建物の二階は、広いカヤバ製品の展示コーナーになっていて、社の開発した油圧製品群が応用分野別にわかりやすく陳列されており、社の油圧技術のルーツや各製品の生い立ちと部品構成、使われ方、特徴などが丁寧に紹介されている。

「オレオ」

また、展示室の一角には、創業者萱場資郎の創業と技術開発の記録が残されていて、カヤバの創業と発展の歴史がわかる構成になっている。 展示では、カヤバの発展の基礎となった「零戦」の油圧緩衝脚「オレオ」、二輪・四輪車用シックアブソーバ、モータースポーツへのサポート製品、トラック、大型建機、船舶、鉄道車両、建物などの免震装置などが、その特徴、機能、技術背景などと解説と共に紹介されていた。

♣ カヤバの創業と技術開発

 <カヤバ製作所の創業と発展>

萱場資郎
資郎の考案した陸上飛行機射出機(1933)

 カヤバの歴史は、1919年、創業者である萱場資郎が「萱場発明研究所」を開設したことに始まる。少年時代から機械考案が得意であった萱場による、21歳の若さでの機械作り夢を抱く研究所創設であった。当時、日本は、海軍増強の機運が高まっていたこともあり、萱場は海軍兵器の研究を進めようとしていた。これに注目した海軍は、萱場に空母の発着艦装置の開発に当たらせることにした。甲板上の飛行操作を、(英国で使われていた)油圧機器技術で行う装置の開発である。その後、1926年、萱場は自身の「萱場製作所」を設立し、この開発に専念する。この結果、生まれたのが航空機のバウンドを弱める油圧緩衝器「オレオ」である。これが現在の油圧装置メーカー「カヤバ製作所」の発展の基礎となった。

<軍需メーカーとしてのカヤバ>

カヤバの工場

  これをベースとして、カヤバは、横索制動装置。飛行機機射出機(カタバルト)、落下傘着脱金具など油圧製品を次々と開発し、油圧装置製作の技術的基礎を固めていく。特に、オレオは、戦時期、零式戦闘機「零戦」に標準装備されることになる。史料館に展示されている「オレオ」は、この金字塔と位置づけられている。 こうして、カヤバは、陸海軍の装備品を中心に軍需品メーカーとして規模を拡大、各地に工場を設立して、1941年には、3000名の従業員を抱える油圧装置企業として発展していくことになる。この間、無尾翼飛行機の開発(1935)、オートジャイロの開発(1942)なども手がけている。

<軍需会社からの脱却と民間需要への対応>

油圧ダンパの組み立て工場
復興生産の契機となったZG12型ダンプトラック

 カヤバは、戦前、戦中と兵器製作の企業として拡大していただけに、戦後は、その反動が大きかった。まず、終戦直前には米軍の空襲によって工場は壊滅、兵器需要の消滅、GHQの監視、零から出発して民間事業の模索を行わざるを得ないなど厳しい環境であった。社名もこのとき「萱場産業株式会社」と変更、1948年には「萱場工業株式会社」となっている。しかし、戦後復興の中で、これまで培ってきた技術的基盤が徐々に生かされ、1950年代には新しい生産も芽生えはじめる。最初に手がけたのは自動車用のショックアブソーバー、日産、トヨタから受注を受けている。続いて、米軍ジープ対応の緩衝装置、朝鮮戦争の特需によるダンプトラックの油圧機器などの生産も開始されている。これは、国内自動車メーカーは自前の油圧装置技術を持たなかったため、技術を持つ「萱場」への依存が良策とされたのである。

鉄道車両用オイルダンパ
建設機械用シリンダ

 そして、電源開発、土木工事の大型ダンプへの供給、コンクリートミキサーへの応用へと進んでいく。60年代以降になると、油圧ジャッキ、鉄道車両用のオイルダンパー、二輪車のショックアブザーバー製作など、油圧技術を応用した各種機種への需要が拡大して、油圧専業メーカーとしての躍進が確実なものとなっていった。

<現代のカヤバ油圧装置の数々>

各種産業機械に使われるカヤバ製品

  1970年代以降になると日本の自動車産業、産業用機器の技術水準は世界的な水準に達し、輸出需要も増加、日本の産業界全体も設備投資、建設投資の拡大が進む。これにしたがって各種油圧機器の需要が拡大、カヤバも自動車用油圧緩衝装置、特殊車両のパワー制御、産業機器用の油圧装置のなどの開発が加速していく。この中で生まれたのが自動車のパワーステアリング装置、産業機械用油圧静圧変速装置(HST)、星形モーター、ハスコ油圧弁などである。また、船舶、鉄道、航空機用油圧装置などの需要も拡大し、それに対応する車輪、ブレーキ、パワー制御、緩衝装置などの生産も開始された。 現在、この油圧装置は、建設、土木、建築、電機産業などあらゆる分野に活用されるようになっているが、これに対応したカヤバによる油圧技術開発の模様は、史料館に展示されている製品群のなかによく示されている。

♣ 展示からみるカヤバの開発した油圧装置

 ここでは、カヤバの油圧装置とその応用が現在どのように進んでいるかを、展示をもとに簡単に紹介してみる。

<自動車分野の油圧装置>

 この分野で使われるのは、シリンダー、制御バルブ、ピストンポンプ、ギアポンプ、モーターなどの製品。これらには非常に力がかかるので油圧パワーシステムが広範に使われているのである。

 二輪車、四輪車のショックアブソーバーは事業分野の40%を占める主力分野である。展示では、当初から製作されてきた標準型のショックアブソーバーほか、リバウンドストッパ付き、減衰力を自動的に変化させるものも生産されている。パワーステアリング(EPS)では、「ピニオンアシスト式」などが知られている。

CVTの体験装置

  別の無段変速機(CVT)では、カヤバの開発した「CVT用ベーンポンプ」が展示されており、最近の開発商品となっているようだ。展示場にはCVTの体験装置も準備されている。


 二輪車で使われるのは、ダブルフォークと呼ばれるショックアブソーバー、カヤバでは「電子制御サスペンションシステム“KADS”」が有力製品であるようだ。

 

<産業用車両、建設機械などの油圧装置>

産業用車両の油圧部品装置展示

  展示されたカヤバの産業用車両油圧部品では、ピストンポンプ、油圧シリンダ、コントロールバルブ、油圧走行・開展などで、最新のもの歴代のものが並んでいた。いずれも強力な支持力が必要であり、強靱且つ安全性と円滑性が求められる装置であることが強調されていた。

<鉄道車両や船舶に使われる油圧緩衝装置>

アクティブ・サスペンション

  各種油圧装置は、新幹線など最新鉄道車両の安定走行のため欠かすことのできない基幹部品である。船舶の作動用機器にも使われている。キャリバーブレーキ、LV(自動高さ調整弁)、上下ダンパなど。展示コーナーには振動制御、パワー制御に使われるアクティブ・サスペンションシステムの実物が展示されているほか、パネルでの装置説明があった。

<コンクリートミキサーなど特殊作業車両用装置>

カヤバのコンクリーチキサーカー

  フォールリフト、農業用作業機械、流体粉砕運搬車両、ミキサー車などの特殊車両にも油圧装置は必須である。中でもコンクリトミキサー車は、完成品を含めてカヤバの主力製品となっており、大小含めて多様なミキサーカーが市場に投入されている。展示コーナーにはミキサー車の模型が陳列されているほか、特殊車両に使われる各種バルブなどが並んでいた。

<舞台装置やスポーツ分野でも使われる油圧装置>

舞台装置に使われる油圧装置

 今回初めて知ったのだが、劇場やコンサートホールでも油圧動力装置が使われている。吊物や音響反射板、舞台転換などの演出空間に油圧の動力制御装置が組み込まれているのだ。円滑で自然な演劇・歌舞伎の情景転換にも油圧装置が生かされていることを知った。また、スポーツ分野でも油圧装置は広く使われている。特に障害者スポーツの支持機構に行かされている。会場では、教示に実際に使われたスキーチェア用ショックアブソーバが展示されていた。

展示のアスキーチェア
モータースポーツ器具

<建築物の耐震機構に使われる油圧制震ダンパ> 

展示のビル用耐震ダンパ

 近年の地震多発に対応して建築物には耐震基準が設けられ、厳密な耐震対策がとられるようになっているが、大型のビルや建造物に強力な油圧ダンパによる免震機構が導入されることが多い。この中でカヤバなどの油圧機構を活用した免震装置が使われている。この装置は強力な圧力に耐えるだけの強靱で柔軟は支持機構が求められ、技術的に非常にハードルが高い。カヤバでは一時この基準遵守に問題が生じたこともある。会場には、この免震・制震ダンパの見本が展示されていた。

♥ 訪問後の感想

多方面に使われる油圧装置
創業者の銅像

 カヤバ史料館の見学を通じて、如何に広範に油圧装置が各種の乗り物、産業機器、社会施設で使用されているかを学ぶことができたのは収穫だった。自動車のみならず、建設機械、鉄道、船舶、劇場などの稼働、動力制御に欠かすことができない基幹部品であることがよくわかった。筆者は、モンゴルに旅行する機会があったが、そこで乗った古いロシア製ジープは緩衝装置が弱く、道を走るたびに身体が揺すられて耐えられないくらい辛かった思い出がある。このときほどショックアブソーバーのありがたさを知ったことはない。また、建設機械車両のパワーの力強さや円滑な動きは、みな油圧原理を利用した装置のおかげであることはよくわかる。 それだけに、これら油圧装置は、安全性と安定性が強く求められる。少しの不具合も事故や重大障害に直結する危うさも併せ持っている。2000年代にカヤバが受注した建設ビルの免震・制震装置の基準違反は、未だにカヤバの負の遺産となっている。それだけ技術的にも高度で微妙な装置群なっているということだろう。カヤバ史料館では、この技術的安定性と安全性追求の姿勢を展示で強く示しているように思えた。

<油圧装置の原理と応用のパネル展示の印象>

油圧ジャッキ

 展示にある製品の脇には、装置原理と応用のあり方が解説展示されている。しかし、専門用語や複雑な構造が油圧装置にはつきもので、専門家以外はわかりにくいものとなっている。訪問者の多くは関連業界の従業員達で、一般訪問者は少ないようだった。私の場合は素人なので、訪問後に資料を参照してみることにした。これによれば、古代から流体の圧力差によって重いものを運ぶ工夫はあったようであるが、原理的に説明を加えたのは17世紀の科学者パスカルで「パスカルの原理」と呼ばれるものといわれるもの。1900年代にこれを応用した筒状のポンプが発明され、当初は水であったが、後に潤滑性のよい油が使われるようになり油圧装置が誕生した。特徴と利点は、大きな力が簡単に得られ制御が容易、運動速度を連続的無段階に変速できること。これを踏まえて、産業革命が進み動作機械が進化するにつれて広く使われるようになった。

 構造的には下記の図のようになっているという。この技術を早くから導入し発展させたのがカヤバということになる。

カヤバ筒型油圧装置の構造
パスカルの原理による油圧装置の構造

<創業者萱橋資郎のこと>

史料館に展示された萱場資郎の作業机
初期の油圧ダンパ

 この油圧装置技術の開発は、日本では外国技術を応用する形で1920年代に始まっているようだ。この頃、明治に導入された機械製作技術はようやく定着しつつあり、各種機械類の国産化が進展した機械技術の勃興期に当たる。カヤバ製作所の創業はこの時期にあたるだろう。若きエンジニア萱場資郎は、この油圧技術に注目して自ら「発明研究所」を設立している。同じ頃、中島飛行機製作所の創立、国産自動車の製作が始まった時期でもある。萱場は、創業史にあるように、海軍から受注した航空機の車輪装置に油圧技術を応用して成功している。ここに至る技術的挑戦と技術開発努力が実を結ぶことになる。この時期の未知の世界に挑戦する機械技術者の創業精神あり方と技術開発の着眼には、現代に通じるものがあると思えた。このこともまた、カヤバ史料館で学べたことの一つである。

(了)

参考とした資料:

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