―創業者稲盛和夫氏の足跡と京セラの技術開発を訪ねてみた

先月、京セラ名誉会長稲盛氏が亡くなられたことを知り、数年前、京都市内にある京セラ本社内にあった京セラ「ファインセラミック館」を訪ねたことを思い出した。 この機会に「ファインセラミック館」の展示を参照しつつ、稲盛氏の足跡をたどり、京セラの創業から発展までの記録を考えてみることにした。
♣ 京セラの企業発展とファインセラミック館


1959年に創業した京セラ(当初京都セラミック)は、今や、半導体部品、情報・通信機器分野における日本有数のハイテクメーカーの一つである。また、セラミック素材を使った医療機器、電子部品の分野でも先端技術企業としてもよく知られる。この京セラ本社構内に、同社の業績と歴史を記す「ファインセラミック館」がある。そこには稲盛氏の記念「ライブラリー」、ピカソ銅版画、日本画を展示する「美術ギャラリー」なども併設されていて、ちょっとした京都の教育文化施設の雰囲気であったことを思い出す。

このうち「ファインセラミック館」は、京セラの沿革、技術発展、歴代の開発製品、近年の取り組みなどをパネルや実物の展示で詳しく紹介している。また、同社の事業活動の紹介と共に、「ファイン」と名付けた工業材料“セラミックス”の詳しい内容解説があり、その物性、利用範囲、活用可能性について科学的に解説する興味深い展示がなされている。「稲盛ライブラリー」は、創業者稲盛和夫氏の生い立ち、会社創立と事業への姿勢、経営哲学などを紹介する資料があり、セラミック館と併せて見ることによって、京セラと稲盛氏の社会的貢献を理解することができる施設となっている。
以下に、「セラミック館」と「稲盛ライブラリー」の内容を中心に、稲盛氏の足跡と京セラのセラミックス事業について紹介してみる。
♣「ファインセラミック館」の展示概要


京セラ本社二階に設けられた「ファインセラミック館」では、まず、導入部として、陶磁器(狭義のセラミック)が、どのようにして電子素材に転換され発展してきたかを示す展示がなされている。綺麗に配列された陳列棚には、土器、須恵器、青磁などの陶器・粘土製品が時代を追って“ファイン”セラミックスと変容し、碍子や絶縁材料などの電気部品として高度化、多様化していく姿が時系列的に見事に展示されていて非常に興味深かった。次のコーナーには、ファインセラミックスの組成、特性、活用範囲などの展示となっていて、それぞれの物性の科学的説明がなされている。また、この展示では、京セラが実際に開発した電子素材の実物を見ることができ、いかに京セラがセラミックの応用技術を進化させていったかがよく理解できる。

さらに、壁面全体には、京セラの技術発展と製品開発を示す年表パネルや写真が、実物展示棚と並行して添付されており、同社の技術開発の発展過程がよく分かる構成となっている。そして、最後にあるのは、京セラの最新の製品群の展示で、「ギャラリー・コーナー」と名付けられている。このように、導入部から順次展示物をみることで、京セラのセラミック事業全体の取り組みが理解できるように工夫されているのが印象的だった。

また、館全体のハイライト展示として「ファインセラミックス・ワールド」が設けられていて、ファインセラミックススの基礎知識、技術の変遷、宇宙など極限世界での応用などの技術解説が抱負になされているのは魅力的である。これによりセラミックスのより深い理解が得られるよう工夫された館構成であった。
♣ 展示にみえるセラミックス素材の内容と特性、歴史、応用範囲


展示解説によれば、ファインセラミックスとは、「(陶土類など)非金属・無機材料を高温処理、高度に精製した原料粉末」で「精密に調整された化学組成」をもつ物性素材であると定義している。また、電気の絶縁性、導電性、耐熱性、高強度、耐薬品性が顕著で、現代の工業素材としてなくてはならない物性とする。最近では、半導体、IC、電子部品、医療具、各種用品の基礎として広く使われる貴重な工業新素材でことに間違いはない。

館内展示では、この実例が多く紹介されており非常に興味深かった。例えば、最近の極小ICチップ、光通信用パッケージ、医療用歯科素材、宇宙探査機「はやぶさ」のイオン電池端子、深海探査の耐圧容器などのパネル、模型、実物が紹介展示されている。
また、ファインセラミックスの特性を実感できる「体験」コーナーなども用意されていることも意義深いと思われる。 最近の電子工業材料の科学的知識を得るのには最適の科学博物展示館であろう。
♣ セラミック館に示された京セラ製品の技術変遷



京セラが企業として、どのように発展してきたか年表パネルを中心に見てみた。 展示によれば、京セラは、1959年4月、稲盛和夫によって当初「京都セラミックス」として京都で創業している。また、同社は1969年に鹿児島工場を新設、1972年には早くも「大規模集積回路用セラミック多層パッケージ」を開発している。また、1970年代を通してセラミックスを使った医療用人工骨の開発、人工宝石の商品開発など製品の多角化を進める先進性を示している。さらには、1979年には、「サイバネット工業」と提携して通信、音響、事務機器分野にも進出し各種通信機器を生み出している。1983年にはカメラメーカー「ヤシカ」を合併してカメラ製造を開始、また、新たなセラミック技術を使った電子部品、半導体部品、通信機器を市場に投入して、総合電子電気メーカーとして飛躍的に成長している。

しかし、なんといっても大きな転換と事業拡大は、1984年、ソニーなどと組んで「第二電電」KDDを設立したことであろう。これは、後にKDDIとなり、NTTによって独占されていた通信、特に無線通信で大きな力を発揮することとなる。この初代社長となった京セラの稲盛氏の貢献は大きいと思われる。京セラ自身も、これにより様々な携帯電話、通信機器の製造開発を行っている。このようにして成長した京セラは、今や、世界的電子機器・精密機械メーカーとなっているが、京セラの事業活動はこれにとどまらず、各種の文化事業に貢献していることは広く知られている。京都市京セラ美術館拡充への協力、稲盛財団による「京都賞」の創設などは、その例である。この京セラの創業から発展までのすべての過程において、強いリーダーシップと経営哲学を実践してきたのは稲盛氏であることに間違いはない。稲盛氏の人となりや経営姿勢については、既に、多くの著作、評論が出ているが、ここでは、あえて稲盛ライブライーの内容を通して記録してみた。
♣ 稲盛ライブラリーにみる京セラの発展と稲盛氏の経営哲学

「稲盛ライブラリー」は、稲盛氏の事業家としての生い立ち、京セラ創業の経緯や経営思想、企業発展、社会活動への取組みが丁寧に紹介されている施設である。この施設の構成は、総合展示、技術・経営・思想、社会活動、記念品展示で、総合展示では、稲盛氏の生い立ち、技術・経営では京セラでの経営の姿勢と哲学、社会活動ではパネルや写真で、稲盛財団による社会・文化活動内容が豊富に紹介されている。また、同館には経営関係の書籍類の所蔵も多い。 このうち、稲盛氏の生い立ちと京セラを育てた技術者・経営者としての足跡を記した展示が最も興味深いものだった。
♣ ライブラリーに見る稲盛氏の生い立ち


稲盛和夫氏は、1932年、鹿児島市に生まれ少年期を故郷で過ごすが、中学校時代に「肺疾患」を煩い、また自宅も戦災にあい全焼するなど順調な人生スタートではなかったようだ。高校時代には、家が貧しかったため「行商」のアルバイトもしている。その後、鹿児島大学工学部応用化学科に進み、22歳の時、京都の碍子メーカーである松風工業に就職。その時、「碍子」の組成が焼き物であることを知り、鹿児島の粘土の研究をはじめて論文にするなど研究熱心さも示している。 この就職と論文製作が技術者として、セラミック・ビジネスで事業を起こす基点ともなったことが窺える。 そして、松風を1959年に退職、26歳の時、友人先輩たちの協力のもとで、「京都セラミック株式会社」(現京セラ)を設立したのが事業家としての出発点である。技術者としてセラミック事業の将来性を展望しての結果だという。

当初の京都セラミックの事業は必ずしも順調ではなかったようだ。起業早々、60年代には従業員との関係悪化で労働争議が発生する。しかし、稲盛氏は、従業員との真摯な対話につとめて解決に導いたことで経営者としての自覚の必要と責任の重さを感じ、後の経営哲学の基礎を培ったといわれる。また、1960年代末には、中小企業ながら京セラはICチップを保護する高度セラミック部品を開発、高い技術力を発揮して事業基礎を固める。この開発の陣頭指揮に当たったのも稲盛氏であった。この時期、世界はエレクトロニクス産業の勃興期にあたり、セラミック素材に着目した独創性と技術的挑戦を発揮した結果でもあった。

この時期、経営面では斬新な運営指標「時間当り採算制度」なども考案しているとライブラリーの展示にある。稲盛氏の経営哲学の核として、全員参加のベクトルを定めた「アメーバ組織」の実践もはじめられ他のもこの時期である。そして、IBM社よりIC用サブストレート基板の受注に成功したあと、1969年には「マルチレイヤーパッケージ」を開発、シリコンバレーの半導体メーカーから大量の注文を受けた。早くから世界に目を向けた技術的挑戦の成果であった。また、1970年代中盤、京セラはオイルショック不況により打撃を受けるが、稲盛氏のリーダーシップで実施された社員全員による営業活動、経費削減等を徹底で乗り切っている。このことが後の日本航空の再建にも生かされていると見ることもできる。
♣ ライブラリーに見る広い事業展開への取り組み

一般社会とのつながりのあるより広い事業の多角化も稲盛経営の特徴の一つであった。例えば、再結晶宝石エメラルドの販売(1975)、太陽電池の開発(1975)、セラミック製人工歯根(バイオセラム)の販売(1978)などがあげられる。しかし、なんといっても次世代をにらんでの大事業の一つが第二電電企画株式会社(DDI)の設立であろう。これは1984年の電気通信事業の自由化に即応したもので、後のKDD、IDOの合併により現在のKDDI株式会社を設立につながっている。これまでNTTによって独占されていた通信事業に風穴を開け、通信事業の多様化、自由化に大きく貢献する画期的な事業であった。また、2000年代、日本政府に乞われて、高齢にもかかわらず日本航空の再建に取り組んで成功させた稲盛氏の経営者としての手腕と努力は、社会的にも大きな評価を受けている。これらはライブラリーの展示「技術・経営」コーナー展示の中で詳しく触れられている内容である。
♣ 稲盛財団設立による社会的貢献


しかし、なんといっても稲盛氏の経営者としての評価以上に強調されるべきは、氏の社会的活動の広さではないかと思える。このこともライブラリーでの大きな展示テーマとなっている。私財を投じての稲盛財団設立による「京都賞」、「盛和スカラーズソサエティ」、「稲盛京セラ西部開発奨学基金」(中国)の創設、京都美術館支援、京都三大学の教養共同化施設設置、「盛和塾」による経営教室、市民フォーラムの開催など、まことに幅広い。
さらに、65歳で京セラ、第二電電の代表取締会長を退いた後は、臨済宗寺派円福寺にて在家のまま出家得度し、思想家教育家としての傾向をさらに強めたている。社会福祉法人盛和福祉会の設立、童養護施設・乳児院「京都大和の家」を開設にも関わっている。
このように、「稲盛ライブラリー」では、京セラの事業発展と稲盛氏の貢献、経営者としての活動と思想の形成、独自の経営哲学などを時系列で解説しているのは貴重であると思われる。また、晩年における社会貢献と経営思想家、教育者としての転身も魅力的であった。
♥ 訪問時の思い出と感想


京セラを訪ねたのは数年前のことなので記憶も曖昧になっているが、セラミック館の展示の印象は未だ新鮮である。近代的な本社ビルの二階に贅沢なスペースをとって、綺麗ながらずばりの展示コーナーに古代の縄文土器、須恵器などが並べられているすぐ後に、近代的な電子部品が時代を追って展示されていた姿は、時代を通じた科学の展開と工業技術の進化を映し出していることを感じさせてくれた。また、京セラがこの分野に特化して電子工業メーカーとして発展してきたことが、この展示でよく了解できる。展示内容では、特に、セラミックスの特性や工業基礎素材としてのポテンシャルをみせてくれた「セラミックワールド」は強く印象に残っている。

また、稲盛氏の京セラでの技術者経営者として活躍は「ライブラー」余すところなく表されていて、経営者稲盛和夫の人となりや、稲盛流の「経営哲学」が生まれていった背景などがよく分かる内容であった。特に、晩年での社会貢献、文化活動への貢献は幅広く紹介されていて興味深かった。個人の事業活動、経営思想や人生哲学、社会貢献などを、名前を付しての企業「施設」として称揚するのは余り例がないかもしれないが、稲盛氏の京セラへの貢献、社会活動の広さから考えれば納得できるものと思われた。それにしても、稲盛氏は、京セラを発展に導いただけでなく、事業活動を思想家として実践した希有な存在の経営者であることに思いを強くした。改めて、稲盛氏の冥福を祈りたい。
(了)
参考資料
- 京セラファインセラミック館のご紹介 | https://www.kyocera.co.jp/fcworld/museum/
- 稲盛ライブラリー | 京セラ株式会社 (kyocera.co.jp)
- 京セラ (kyocera.co.jp) HP https://www.kyocera.co.jp/
- 京セラ – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/京セラ
- 京セラ株式会社(2010)『果てしない未来への挑戦 京セラグループ 50 年の歩み(上巻)(下巻)
- 「京セラ株式会社」の始まりと原点 http://atuiomoi.net/keieirinen/?p=74
- ファインセラミックス ワールド | 京セラ (kyocera.co.jp) https://www.kyocera.co.jp/fcworld/
- ファインセラミックスとは? | ファインセラミックス ワールド |
- ファインセラミックスの歴史 | | ファインセラミックス ワールド |
- ファインセラミックスとは|ファインセラミックス研究、一般社団法人日本ファインセラミックス協会 (jfca-net.or.jp) https://www.jfca-net.or.jp/about.html
- FC産業の現状1.pdf file:///C:/Users/kunig/Downloads/FC産業の現状1.pdf
- セラミック産業の現状 2017 (日本ファインセラミックス協会)
- 稲盛和夫経営講演選集 (1-3)京セラ株編
- 加藤勝美(1979)『ある少年の夢 稲盛和夫 創業の原点』(改訂版)出版文化社。
- 稲盛和夫 最後の闘い (日本経済新聞出版) 大西康之
- 「日本経営史からみた稲盛和夫・京セラ研究の意義と課題」金容度 (稲盛和夫研究/1巻 (2022) 1号
- KDDI株式会社――Tomorrow, Together https://www.kddi.com/
- 第二電電 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/DDI
- 第二電電(DDI)の歴史 (denwa-bangou.com) https://denwa-bangou.com/history/ddi