大岡山の東工大「博物館・百年記念館」を訪ねる

 ―博物館展示から東京工業大学のルーツと研究成果をみる

東工大博物館・百年記念館外観

 大岡山の東京工業大学のキャンパスにユニークな工学資料の展示があるというので、同大学「博物館・百年記念館」を訪ねてきた。東工大は、人間教養(リベラルアーツ)に力を入れた工学教育を行っていることでも知られる。そのルーツは明治の初めに創立された国立の「東京職工学校」にあるという。この明治の学校創設から100年周年、大学は構内に「博物館・百年記念館」を建設し、これまの教育や研究の歴史的な成果を詳しく紹介する展示を開始した。訪ねてみると、大岡山駅の真前にユニークな形状のメタリックな建物がみえ、これが大学の「百年館」だとすぐわかった。

博物館の展示場内観

  建物には6つの常設展示場が設けられていて、ロボット、ホログラム、フェライト、電気・光通信、建築などの研究成果の展示のほか、創立の前史を含む東工大の歴史、ノーベル化学賞の白川博士の資料や写真が見られ興味深い。中でも目を惹いたのはガラス、陶磁器・染織などの工芸品展示コーナーで、日本的な工芸を科学的に生かす「ものづくり」工学が創立以来の教育研究の特色の一つであったことがわかる。展示の中には、東工大に縁のある陶芸家(人間国宝)の近代工芸作品も数多く陳列されていて驚かされる。 以下は、今回の見学にも続く東工大「博物館・百年館」の紹介である。

♣ 博物館・百年記念館の概要と特色

  百年記念館は、東工大が100周年を迎えた1981年、「東京工業大学創立百年事業」の一環として計画され、1987年に開館している。創立以来、東工大に縁のある「蔵前工業会」が母体となり、卒業生、関係企業からの寄付金などを集めて建設された。「科学・技術に関わる東工大の業績の保存を行い、将来に向けての一大モニュメントとする」ことを目標にしたという。このため大学創設以来生み出されてきた数多くの教育と研究の歴史的成果を大規模に収集・保存している。また、現在推進中の先端研究や社会への応用実績を発信することを博物館の使命とし活動を続けている。館内には常設展示場を初めとして、企画展示室、講演会場、サイエンスカフェなどの交流施設を設け、東工大の「人」(研究者)と「もの」(研究成果)の系譜を長く伝える“ものづくり”の工学博物館として発展させようとしている姿が強く示されている。名称も「東京工業大学博物館・百年記念館」として内容の充実を図っている。

♣ 魅力あふれる東工大博物館の展示

  百年記念館博物館には、地下一階と二階に特別展示室を含めて六つの常設展示室が設けられている。地下階の特別展示室では、東工大の前身工業学校時代以来の作品、発明・研究成果、産業遺産機器が展示され、二階の展示室では東工大の歴史を示す記録、研究内容が紹介されている。詳しくみていくと次のような展示内容になっている。

<特別展示室の歴史作品>

 地下階の展示室に入るとまず眼に入るのは数多くの陶芸品である。先端的な工業製品が展示される中でやや違和感をおぼえるが、これは東工大のルーツとなった高等工業学校時代以来の教育方針とつながりがあるようだ。前身「東京職工学校」は製造現場の指導者養成を目指しており、創設者である外国人技術教育者G.ワグネルの影響が大きい。ワグネルは従来から日本でも盛んであった窯業や染織などの技術に対する科学的なアプローチとそれに結びつく産業育成を考えていた。これが東工大の実物教育主義の基礎となっている。この源流に着目した展示が陶磁器などの作品である。ここには、東工大出身の3人の人間国宝(濱田庄司、芹沢銈介、島岡達三)など日本を代表する工芸家達の作品が並んでいる。作品のなかには、G. ワグネル自身の「吾妻焼」、「旭焼」, 平野耕輔の陶磁器コレクション、板谷波山のマジョリカ皿「風景」、河井寛次郎の「辰砂扁壺」、濱田庄司の「赤絵角皿」、島岡達三の「地釉縄文象嵌壺」、加藤釥の「花瓶」、各務鑛三のクリスタルガラス「花瓶」、芹澤銈介の型絵染和紙「東西南北」作品など、国宝級の名品が並んでいて驚かされる。

平野コレクションの数々
板谷波山「風景」
島岡達三作品
濱田庄司作品

<東工大発明・研究成果の展示>

 ここの展示コーナーでは東工大で研究開発された代表的成果が数多く展示されている。歴史をたどると職工学校の後、高等工業学校から東京工業大学と組織も教育研究内容も進化していき、次第に時代の先端を行く研究活動が盛んになっていった様子がわかる。このなかで現場では伝統的な製作技術開発のほか、化学、物理、機械、電子電気分野における独自の研究も生まれ成果も現れるようになった。この成果は展示室の作品によく反映されており発展の連鎖的発展を跡づけることができる。
 例示すると、 フェライト研究資料(東工大の三大発明)、化学工業系研究の合成ゴム、合成繊維、ビタミンB2の工業的製造、光イオン研究、物理系の絶対零度の研究、歯車やロボット研究成果などがあげられる。そのほか、科学機器遺産として知られる本多式熱天秤、導電性高分子開発、通信分野の機器類、ホログラム研究展示品などの多様な研究内容、発明品類も解説付きで陳列されている。

フェライト
ホログラムモデル
高分子水晶
ファジーモデル

<東工大の保有する技術遺産展示>

最古のスターリング・エンジン
展示された初期の自動織機

 東工大が教育機材として収集してきた産業機械、機器類の展示も見どころの一つである。 工場で実際に使われてきた紡織機械、稼働する最古のスターリング・エンジンなど貴重な技術遺産の機械類が実際にみられるのは魅力である。東工大の実物教育の成果であろう。

<二階展示室のコレクション展示>

東工大の変遷の歴史展示コーナー

 この展示室には、まず東工大の源流から新制大学と進化していく教育研究の歴史を年表、写真、記念品で示す展示があり、次に主力研究の一つであった光/通信の先端研究の歴史を示す展示、そして、百年記念館の建設に関わる紹介と三つの展示コーナーが設置されている。
  第一展示では、明治23年に東京工業学校,明治34年に東京高等工業学校と変化し,さらに昭和4年大学昇格後、現在に至るまでの東京高等学校の記録を年表形式で紹介されており、併せて大学の歴史を築いてきた三名の学長の事績が記されている。

光・通信機コーナー

  一方、第二の光・通信コーナーでは、1920年代から続けられている電波通信から光通信へと繋がる先端通信技術に関する研究が紹介されている。特に、古賀逸策による高安定水晶発振子の発明など、東工大で生まれた多くの歴史的成果が例示展示されている。また、次のコーナーでは、創立100年を記念して設立された百年記念館と設叶者である篠原一男の建築作品の特徴を示した模型が飾られておりメインの特別展示室と併せたて、東工大の発展を示すコンパクトな展示室となっている。 

すずかけキャンパス

 以上が東工大博物館百年記念館の主な展示内容だが、全体を眺めて見ることで東工大の教育内容、研究成果、今後の研究方向がわかるの特徴的な展示となっている。なお、東工大は大岡山キャンパスのほか、横浜に「すずかけキャンパス」があり、ここには日本の工業教育を記録し公開する「資史料室・公文書室」が設けられている。

♣ 東工大のルーツと創立以来の教育研究の推移

 東工大博物館には前述のように、大学の源流から現在の国立東京工業大学設立までの発展史が詳細に記されているが、これを参考にしつつ、同大学の発展経過を簡単に追ってみた。ここには日本の工学教育・研究展開の歴史が色濃く反映されているように思える。

<東京工業大学の前史>

G.ワグネル
正木退蔵
東京職工学校卒業写真

  百年記念館の2階の展示室に東工大の前身である「東京職工学校」から東京高等工業学校、そして東京工業大学に至る大学の歴史が年表、写真パネル解説で詳しく展示されている。
 これによれば、1874年(明治7年)ドイツの化学者G.ワグネルが日本の工学振興のため「東京開成学校」の中に実践的な「製作学教場」を設けたのが源流といわれている。
  その後、これが独立し1882年、東京職工学校として東京・蔵前東片町に創立を果たしている。これはワグネルの助言に基づき欧州の技術教育にならい製造現場の指導者養成を目指すものであった。ワグネルはもともと数学、物理学系の学者であったが、陶器、ガラス、漆器など、日本の伝統工芸に興味を持ち、これらの美術工芸品の工業化をもって日本の工業の振興を図ろうという考えだったという。そして、初代校長の正木退蔵は化学工芸科、機械工芸科の2科を同校に設けている。学校の特色は工場実習を中心とする「実学」で、工場に現職の職工長を置き、機械工芸科では機械や工具を使い実習、化学工芸科では色染め、窯業場で理論と実習を行うものであった。これが後に東工大の建学の精神にもつながるものとなった。

<職工学校から高等工業学校への展開>

東京工業学校
手島精一

  そして、1890年、手島精一が同校を引継ぎ、名前も「東京工業学校」と改め更なる発展を図る。手島は、学校と産業界の連携を高めることに注力、学科構成の多様化、あらたな入学や卒業資格制度の導入などの学制改革を行って専門工業高等学校の充実を図った。また、学内に「工業教員養成所」も設置している。学科構成では、染工科に織機を新設して染織工科、製品科を応用化学科、機械工芸科に電気工業科(1890)を新設、工業図案科(1899)も設けている。いずれも明治20年以降、近代産業の勃興を反映ししたものであった。

 さらに、文部省の「実業学校令」に基づき、1911年には「東京高等工業学校」となり、4分科を独立させ、色染科、紡織科、電気科、電気化学科とし、窯業科、応用化学科、機械科、工業図案科、建築科の9学科に拡大させている。後の東工大の母体となる教育基盤がこの時代に出来上がることとなる。ちなみに昭和初期までの国立の高等工業教育機関としては、この東京高等工業学校、大阪高等工業学校、旅順高等工業高校の三カ所だけであったという、

<高等工業学校から国立東京工業大学の移行> 

東京高等工業学校 (1909)

  明治から大正に入ると社会経済環境も大きく変化していくなか、政府は1918年に「大学令」を制定、商業、工業、医学分野での専門機関「単科大学」の設立を促す政策をとる。これを受けた東京工業高等学校も大学昇格を申請、「蔵前工業界」などの支援を得て、1921年、「官立東京工業大学」が誕生した。しかし、この直後の1923年関東大震災が発生、蔵前の校舎は全壊、機械、実験設備など全てを失うという不幸に見舞われる。 翌年から仮校舎で授業は開始しされるが、蔵前からの撤退は避けられない状況であった。

キャンパスの移転

 ここで浮上したのが東京・荏原の大岡山への移転であった。新しい場所での新設大学の開設は困難な挑戦であったという。しかし、1934年には本館が完成、また、従来の教育研究施設のほか、分析化学教室、水力実験室、建築材料研究所、精密機械研究所、自然科学研究所などが次々と建設され、大学としての陣容が整えられていった。新しい時代の社会的要請に応えつつ実践的教育を貫くという建学の精神を堅持しての船出であったという。

<戦後の単科大学から理工系総合大学への発展>

現在の大岡山キャンパス

 日本は太平洋戦争の終結を経て社会の根本からの変革を求められる時代になる。大学も大きく転換していくなか、旧東京工業大学も新たな対応を迫られる。新たな体制は工科単科大学から理工系総合大学の構築であった。新たな国立東京工業大学の誕生であった。現在の東工大は、大岡山に本部キャンパスほか横浜にすずかけキャンパス、東京に田町キャンパスを持つ工業大学となり、1,100人の教員と約600人の職員、学部学生5,000人、大学院5,500人の学生、海外からも1,800名が留学生を受け入れて先進的な研究教育を行う総合大学となっている。東京工業大学博物館・百年記念館は、この発展の象徴的な施設である。

♣ 訪問のあとで 

東工大の発展を示す歴史写真

 東工大は先に述べたように伝統的な理学系、工学系に加え、情報、バイオ、経営系をカバーする理工系総合大学工学系であり、近年では「世界トップレベル国際研究拠点形成促進プログラム」に採用されなど理化学部門の研究での知名度も上がっている。一方、人文・社会系においてもリベラルアーツ研究教育院を中心に研究・教育が行われるなど「人間力」の涵養が重視されている。2024年には、日本歯科医科大学と合併するとの話も出るなど話題の多い大学である。一度は訪ねてみたいと思っていたが、折りがあり「百年記念館」を訪問し、大学のルーツや歴史について詳しく知ることができた。

 博物館・百年記念館では、期待に違わず前身を含めた大学の歴史、研究教育の成果、先端研究への取り組みなど、現在と将来に向けての大学のあり方が実物展示の形でよく紹介されていて興味深かった。特に印象に残ったのは、東工大の先端的研究成果を誇示するだけでなく、陶芸などの工芸品が博物館展示のメインスペースに陳列されいたことだった。明治の産業勃興期、日本の工学教育は近代的な機械技術を導入することに力点が置かれていた。しかし、一方で「東京職工学校」のような現場教育により、在来の工芸など技術・技能を発展させて近代化工業化の基礎を築こうとした努力の重要性は計り知れない。これが日本の工学教育の一つの流れとなり、東京大は率先して実践と研究を積み重ねてきたといえるだろう。博物館・百年記念館の展示には、この建学当時の姿勢と理念を大切にしつつ、重ねて先端的な研究を推進しようという東工大の姿が示されているように思えた。 この成果は、博物館展示にみるようにノーベル化学賞を受賞した卒業生白川英樹の研究成果、フェライト研究(東工大の三大発明)、化学工業系研究の合成ゴム、合成繊維、ビタミンB2の工業的製造などに生かされていると考えられる。現在、東京医科歯科大学との統合が計画され、名称も「東京科学大学」と変更されるようであるが、新生「東工大」がこれにより更なる発展をとげることを望むところ。

(了)

参考とした資料:

  • 東京工業大学HP:https://www.titech.ac.jp/
  • 「東京工業大学博物館・百年記念館」案内パンフレット
  • 東京工業大学博物館 (titech.ac.jp) http://www.cent.titech.ac.jp/index.html
  • 東京工業大学「博物館・百年記念館 https://www.titech.ac.jp/public-relations/about/campus-maps/campus-highlights/museum
  • 東京工業大学 – Wikipedia
  • 「東京工業大学130年史」http://www.cent.titech.ac.jp/DL/DL_Collections/130th%20Anniversary.pdf
  • 「東京高等工業学校二十五年史」http://www.cent.titech.ac.jp/DL/DL_Collections/The-history-of-twenty-five-years.pdf
  • 科学技術創成研究院 —加速する東工大の研究改革https://www.titech.ac.jp/public-relations/about/stories/iir-openlab
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