―時計発展の歴史とセイコー時計づくりの足跡をみるー
所在地:東京都中央区銀座4丁目3-13セイコー並木通りビル Tel. 03-5159-1881
HP: https://museum.seiko.co.jp/
・参考:時計の歴史を刻む 「セイコーミュージアム」を見学https://igsforum.com/visit-seiko-m-jj/


このところ、しばらく中断していたのだが、今回、博物館訪問を再開し、東京・銀座にある「セイコーミュージアム」を訪ねてみた。 ミュージアム自体は、以前、江東区向島にあったのだが、2020年にセイコー誕生の地である銀座に移転し、新しく模様替えして再開館した。前施設は一度見学させてもらったことがあるが、この銀座のミュージアムでは、展示に様々な工夫が加えられ内容もさらに充実したようにみえた。



ミュージアムの展示構成をみるとテーマ別になっており、セイコーの創業と発展を伝える「はじまりの時間」と「時代の一歩先を行く」、時計技術の歴史を示す「自然が伝える時間から人がつくる時間」、セイコーの歴代時計製品を展示する「精巧な時間」と「いろいろな時間」、そしてスポーツ時計の「極限の時間となっている。また、セイコーのブランド製品「グランドセイコー」のコーナーも新たに設けられた。
<創業者服部金太郎の生涯とセイコーの発展>



ミュージアムの2階にあるのはセイコー創業者服部金太郎の生涯とセイコーの発展を描く展示コーナーである。これによれば金太郎は1860年(万延元年)京橋に生まれ、13歳の時、上野の坂田時計店で時計の修理や販売を学び、時計づくりを目指したという。そして、明治4年(1886)、夢を実現すべく京橋采女町に「服部時計店」を創業する。時計店は持ち前の才覚で事業を拡大、明治20年には銀座の表通りへの進出を果たし、明治28年には銀座四丁目の角地(現在の和光)を購入するまでになる。また、時計の国産化という目標を抱いていた金太郎は、1892(明治25)年、技術者吉川鶴彦と共に時計の販売資金を元手にして国産の時計製造に乗り出す。このとき生まれたのが「ボンボン時計」と呼ばれた掛時計であった。

明治22年には会社名も「精工舎」と改めている。その後、創業20年後の明治44年には国産時計の約60%を精工舎の時計が占めるまでに成長することができた。この時期、渋沢栄一とも交流があった金太郎モットーとしたのは、「精巧な時計づくり」「人材育成」「世界から学び世界を市場とする」であったという。
展示では、最新機械を積極的に導入し、量産性と品質の向上に励みつつ新製品を次々に市場に送り出していった経営哲学と時計づくりの足跡、セイコーの事業発展が展示物やパネルで詳しく紹介されている。

このセイコー社の時計開発の歩みについては、展示テーマ「精巧な時間」と「いろいろな時間」のコーナーで実物見本と共に解説で詳しく紹介されている。
展示で代表的なものを幾つかをみると、まず、1895(明治28)年に国産時計の地歩を築いた懐中時計(タイムキーパー)があげられる。7年後の1899(明治32)年には目覚し時計を開発、1902(明治35)年には懐中時計「エキセレント」、1909(明治42)年には大衆向け懐中時計「エンパイヤ」、そして1913(大正2)年には、国産初の腕時計「ローレル」と矢継ぎ早に商品化し、国内随一の時計製造会社に躍進している。展示には、この頃の機械製造機械、目覚まし時計、懐中時計、腕時計の実物が解説と共に陳列されているのが目を惹く。このうち「ローレル」は、日本の時計が欧米先進国に近づいてきた画期的な製品だったことも銘記されている。






しかし、1923年の関東大震災がセイコーにも大きな打撃を与え、工場設備は全壊、製品の全て失ってしまう。展示コーナーには、このとき焼け落ちた時計の残骸が並べられおり被害の大きさが示されている。この震災被害にもかかわらずセイコーは翌年には残された設備を活用して早くも翌年には時計製作を再開、ブランド“SEIKO”を誕生させている。1929年(昭和5年)には鉄道時計「セイコーシャ」を生み出すなど復元力の確かさも示している。


また、戦時中事業は中断するも、戦後におけるセイコーの躍進はめざましく、セイコーの時計は日本の高度成長を担う工業製品の一つとなっている。この成果は、1964(昭和39)年の東京オリンピック公式計時の指定、スイス天文台コンクールでの上位独占、さらには、現在の世界標準となっている世界初の水晶腕時計「クオーツアストロン」の発売につながってくる。 この中でも、日本の機械技術の高い水準が示されたのは「クオーツ」時計の開発であった。このクオーツによって時計は機械時計では考えられなかった正確さ示し、日本の腕時計が世界の市場で主導権を握るまでになった。博物館では、このクオーツがどのように開発され、どのようなメカニズムになっているかを詳細に説明し、セイコーの成果を強調している。ちなみに、この「クオーツアストロン」は、米国スミソニアン博物館に永久展示され、2014年には日本の機械遺産に認定されているという。また、2012(平成24)年の世界初の「GPSソーラーアストロン」に脈々とつながっている。


そのほか、展示されたセイコーの歴代の時計製品をみると、1974年に誕生した「クレドール」などデザイン製のあふれた腕時計、新技術の「スプリングドライブ」(1999)、セイコーのブランド「グランドセイコー」など多様な製品が年代毎に豊富に展示されており目を楽しませてくれる。また、掛時計などでは、時打振子式電池掛時計(1961)、あそび心の「メリーゴーランドクロック」(1990)や「ファンタジア」(1998)、衛星電波クロック(2013)、中国北宋時代の「水運儀象台」を模した美術時計など多様である
♣ 展示からみる<世界と日本における時計技術発展の歴史>
ミュージアム展示の中で最も興味深かったのは、世界と日本の時計の発展を記す歴史コーナーであった。ここでは、古代から近世までの時刻を表す道具・機械類が豊富に展示されている。
<世界の時計―古代から近世まで>


展示室に入ると紀元前から使われていたという時刻の推移を示す古代の「日時計」がみえる。紀元前3000年前後のものの複製であるが、当時の姿をよくとどめている。この時代から「暦」や「時刻」は、常に天然現象や生産活動と結びつけられ、政治の重要事項であったことが分かる。また、同じ展示コーナーには、各地で古くから使われた砂時計、水時計などの模型があり興味を引いた。日本では、江戸時代に「線香時計」という線香の燃える早さで時間を計ったという面白いものも見られた。いずれにしても、機械式時計が生まれる前、日光や砂、水といった自然物をつかった道具が人々に用いられていたことが分かる展示である。

機械時計が振り子を利用した形で生まれたのは13世紀頃以降といわれるが、ミュージアムには1500年頃作られた「鉄枠塔時計」の模型が展示されている。これが最古の機械式時計と同じ構造であるという。また、この展示コーナーには、1700年頃の「ランタンクロック」、1800年代の振り子時計「ビッグベン時計塔時計」のプロトタイプ、フランスで作られた工芸的な懐中時計「からくり押打ち鍵巻懐中時計」(1800s) など、時計の歴史を見る上で貴重な展示品が数多く並べられており勉強になった。
<日本の時計「和時計」の世界>


このミュージアム展示のうちなんといっても圧巻なのは、「和時計」展示である。このミュージアムには、この江戸時代を中心に、当時の工・芸技術の粋を集めた日本仕様の歴史的な機械時計が数多く展示されている。ちなみに、日本に初めて機械式の時計がもたらされたのは、17世紀ポルトガルであったといわれる。その後、日本独自の工夫と技術が加えられ日の出から日没までの時間を分割して時を告げる“不定時制”による「和時計」の製作となった。これは美術品としても珍重され、改良も加えられ様々な形の時計が作られた。それらは現在の眼で見ても感心させられる精巧な機械装置を持っており、芸術性の高い時計でもある。明治以降は、太陽暦となって「和時計」自体は製作されなくなったが、そこで培われた機械加工の技能は次代にひきつがれた。ミュージアムでは、各種和時計の展示と共に“不定時制”にいて詳しく説明を加えている。
♣ 展示からみる<スポーツ時計の世界>

セイコーの時計技術は世界的にもよく知られているところで、セイコーミュージアムでは、セイコーの時計システムが競技スポーツの世界で広く使われていることを強調している。特に、オリンピックなど陸上競技や水泳競技での正確なスピード計測では、数百分の秒単位でのスタートやゴール計測にはセイコーのシステムが欠かせない存在になっているという。展示では、実際に使われたシステムの展示があり納得できる内容であった。
♣ 訪問後の感想


今回は、前後二回のセイコーミュージアムの見学訪問となったが、時刻という時間文化がどのように形成され、これを測る道具としての時計がどのように発展し、かつ技術的に進化してきているかを考えるよい機会となった。また、セイコーが時計づくりという世界でどのように発展してきたかを日本的“ものづくり”の観点からみることができたように思う。
考えてみると、「時」は時代を問わず常に社会生活の軸であった。そして、人は様々な工夫で暦や時計を作り社会の営みに生かしてきた。近代科学の発展と時計技術の歴史がそのことを示している。セイコーミュージアムは、この社会変化と時計の歴史、時計技術全体の発展を伝える見応えのある博物資料館となっていると思えた。時計技術そのものについてみれば、クオーツによって日本のメーカーが一度は世界を席巻するが、近年になると、デザイン性の高い機械時計の価値が見直され、スイスなどの時計マイスターによる高級時計がハイエンド市場で愛好される結果となっている。日本の時計メーカーは「数は売れるが」、売り上げや付加価値、ブランド性ではスイスなどのメーカーに後れをとる結果となっていて残念である。しかし、セイコーなども、クオーツと機械時計の長所を取り入れ機能面で優れた「グランドセイコー」などの高級ブランド製品を生み出しており、ハイエンド市場でも復権の兆しが見られる。
時計という機械製品の歴史的な発展の姿を見ることを通じて、技術がどのように変化していくものなのか、製作者の姿勢や社会変化がどう“ものづくり”に関わるか、技術の継承と時代変化など多くを感じさせられる時計博物館訪問であった。
☆参考資料:
・時計の歴史 | THE SEIKO MUSEUM GINZA セイコーミュージアム 銀座https://museum.seiko.co.jp/history/
・セイコー腕時計の歴史 https://www.seikowatches.com/jp-ja/special/heritage
・1881年 服部時計店創業 | Seiko Design 140 https://www.seiko-design.com/140th/topic/01.html
・時計の歴史 | 時と時計のエトセトラ | 日本時計協会 (JCWA) https://www.jcwa.or.jp/etc/history.html
・「これまでの時計の歴史と科学技術」https://www.jstage.jst.go.jp/article/ieejjournal/137/7/137_414/_pdf
・和時計の世界 | 時と時計のエトセトラ | 日本時計協会 (JCWA) https://www.jcwa.or.jp/etc/wadokei.html
(了)