― 東京の地下鉄の歴史と技術を知るー
東京の地下鉄利用者は東京総人口に匹敵する一日平均延べ1000万人以上に達すると
いわれる。また、路線数13、駅数は130以上と世界でも類例を見ない規模と密度である。網の目のように張り巡らされたこの地下鉄が、首都圏住民にとってなくてはならない通勤、交通の公共交通手段となっている。この地下鉄網がどのように形成され、日々運営されているのか。こういった関心から都内にある東京メトロの「地下鉄博物館」を先日訪ねてみた。この博物館は地下鉄東西線の
葛西駅に隣接して1989年に設立されたもの。博物館では、車両の実物、モデルで多数展示して、日本、特に東京で地下鉄がどのように発展してきたかのかを紹介している。また、地下鉄車両・駆動システムの変遷、地下工事の仕組み、制御システムや運行システムのあり方なども実際の装置やシミュレー
ションモデルなどで詳しく解説している。特に、多くの展示物は、実際に触れ操作を体験できることにも特色があり、訪問者には人気の施設である。私にとっては、初めて知った地下鉄の歴史、地下工事の手法、鉄道技術や装置などが多数あり非常に勉強になった。子供達の来訪も多く親しみやすい施設となっている。以下は、この博物館の内容紹介。
鉄道博物館所在地:〒330-0852 埼玉県さいたま市大宮区大成町3丁目47番
HP: https://www.railway-museum.jp/
♣ 東京ではじまった地下鉄発展の歴史
東京での地下鉄建設構想は1910年代にはじまっている。ロンドンを訪問した早川
徳次が東京への地下鉄導入の必要性を痛感して1917年「東京軽便地下鉄道」社を設立、地下鉄建設に乗り出したのがはじめである。当初、資金難と東京地下工事の困難さから相当難航したようである。しかし、多数の技術者と支援者の強力で、1927年12月に東京で初めての地下鉄浅草・上野間2.2キロの工事
が完了、開通開業にこぎつける。その後、路線は神田、銀座に延伸され、1939年には新橋までつながる現在の銀座線の原型となった。 これが東京での地下鉄建設の第一号となった。この開業時の地下鉄車両が地下鉄博物館に展示されており「近代化技術遺産」の指定も受けている。東京での第二号の地
下鉄は「丸ノ内線」であるが、これは戦後のこととなった。1954年、池袋・お茶の水間6.4キロの路線開通である。これは最終的には荻窪までの27.4キロとなった。この二つの路線が1960年代まで長く地上の都市鉄道と並んで東京の便利な足として重用されることとなった。博物館では、この銀座線、丸ノ内線の車両が記念として並んで展示されている。
<戦後高度成長期以降の地下鉄整備>
1960年代になると、高度経済成長と都市交通の需要増大、さらに東京オリンピ
ックを迎え地下鉄のさらなる整備が進んでくる。これを担ったのは二つの経営体「営団地下鉄(現在の東京メトロ)と「都営地下鉄」である。まず、営団系では1961年の日比谷線(南千住・御徒町間、後に延長北千住・中目黒)、1964年東西線(当初高田馬場・九段下、後に中野・西船橋間)、1969年千代田線(当初北千住・大手町、後に綾瀬・代々木上原間)、そして1974年有楽町線(池袋・銀座間、後に和光市・新木場間)、1977年半蔵門線(当初渋谷・二子玉川
間、後に渋谷・押上間)などである。また、都営地下鉄系では、浅草線(1960年開業)、三田線(1968年開業)、新宿線(1980年開業)、大江戸線(1991年開業)などである。この間の路線開設の特徴は、新規開設とともに、仕様の異なる在来線との如何に相互乗り入れを積極的に進めるか、そして新型車両の開発であったと言われる。特に、相互乗り入れは、乗客の便利さとともにターミナル駅での乗り換えの混雑を避けるためには必須であった。 さらに、1990年代以降になると、営団では南北線(1991年開業駒込・赤羽間)、副都心線2008年開業池袋・渋谷間」の新規路線の開設があり、地下鉄網はさらに充実された。
現在地下
鉄は総延長304キロ、路線の数13、数130に達しており世界一の規模となっている。最初の地下鉄が建設されてから90年、これだけの数の地下鉄が建設され、それぞれが地上路線とも連携しつつ時刻通り正確に秩序正しく運行されるようになっている姿は驚異的である。博物館では、地下鉄建設のパイオニア早川氏の胸像を記念に設置するとともに発展の歴史をパネルで紹介している。
♣ 展示に見る地下鉄車両の進化と変遷
博物館では、これまで開設した地下鉄路線の代表的車両を実物もしくはモデル
で詳しく紹介している。東京の地下鉄車両の型式は通常4桁または5桁の番号で記されている。最初の地下鉄銀座線の車両は1000形と呼ばれものであった。地下での走行を前提に燃えにくく頑丈な金属製車体、難燃性の床材、吊り掛け駆動方式(スプレーク式)、M自動空気ブレーキ、自動扉、打子式ATS(自動停止装置)を使用し、車体はイエローで間接照明が使われた。この形の車両は、当時
としては技術的にもデザインの面でも非常に斬新であったと言われる。この実物車両が、博物館内に上野駅ホームをモチーフにして展示されている。隣には第二号となった丸ノ内線の300形301号も展示されていて、開設当時の車両の外観を見学できる。また、同じく1938年製造の銀座線100形(129号)車両については、車内を見学でき
るほか、実働の駆動装置、パンタグラフ、制御装置の構造なども確認できる。
車体の進化をみると当初のボギー式の台車から操舵台車へ、材質はステンレスからアルミニウム合金、駆動方式はスプレーク、WNカプリング、直接駆動モーターへ、制御装置は界磁チョッパ、VVVFコンバータ、集電方式はパンタグラフの改良型などへと進化していることが、博物館のパネル表示で確認できる。また、最近ではリニアモーター開発の動向も注目される分野技術で技術解説もなされている。また、最近では、使用済みの中古地下鉄車両が海外に輸出され、アルゼンチンやインドネシアなど色々な国で活用される例も増えていると報じられており、日本の車両開発技術の優秀さへの評価も高くうれしい話である。
♣ 展示に見る地下掘削工事の仕組みと街術進歩
地下鉄建設で最も重要な事業の一つは、鉄道軌道確保のための地下ト
ンネルを如何に早期に安全且つ効率的に築くかであろう。このための掘削方式の推移と最近の技術が博物館の展示により詳細に示されている。掘削方式は地表から工事して掘り進む「開削方式」と地下トンネルをモグラ式に築いていく「シールド工法」に分かれる。開削方式は費用が相対的に少なくて済むが、地表に構造物がある場
合は困難な工法である。シールド方式は技術難度が高く費用もかかるが、地表や土壌に制約されることが少ない特性がある。 当初の地下道建設においては開削方式が多数を占めたが、現在ではシールド工法がほとんどである。都市街区では建物が密集している上に多数の地下構造物、地下鉄道網が交錯しているため、深い深度の掘削が求められているのである。シールド工法は、シールドと呼ばれる筒(ないし函)で後方のトンネル壁面を一時的に支えつつ、切羽を掘削しながら逐次シールドを前進させ、シールドの後方に壁面順に構築させていく地下開削工法である。現代ではもっぱら、高度に機械化されたシールドマシンを使
い、壁面は分割されたブロック(「セグメント」)を組み上げて構造体を作るものとなっている。 博物館には、開削方式やシールド工法掘削の様子がスケールモデルで再現されており、また実際に使われるシールドの巨大な掘削面が展示してあって興味深い。また、モデルでは、マシン先端の回転するカッターヘッドの形状、これに組み付けた細かい刃(カッタービット)やローラーカッターの動き、掘
削した土砂を後方に運ぶ仕組み、掘られた壁面に円筒状のブロックを当てはめセグメントを形成する一連の過程が詳しく紹介されている。これらシールド工法の技術は、掘削位置が正確に把握できるGPS機能、センサー、掘削装置の大型化などが進み、時代が移るしたがって高度化効率化が進んでいることがわかる。これにより、輻輳する地下鉄建設も大きく躍進したことが展示の中でもよく示されている。
♣ 展示でみる運行管理と制御システムの過去と現在
鉄道の正確な定時運行と運航の安全を支えるのは、その精密な進行管理と制御
システムにあることは論を待たない。日本の鉄道管理は、この点で最も先進的で正確であるとの評価が高いといわれる。東京の地下鉄でも、数十の路線で一日数十万人もの乗客が分単位で乗り降りする中、遅滞なく目的地に到着させるには、日々綿密な列車ダイア管理、運行状況の把握とトラブル対処など統合的なシステム構築が必要となる。このため東京の地下鉄本部には「管理センター」が設けられコ
ンピュータ操作によるモニタリングと運行指揮のシステムが日々実行されている。博物館では、この模様を紹介するためシミュレーター装置を設置しての体験見学を促している。実際の運行管理の内容が理解できるのは来訪者にとってはありがたい。 一方、制御システムについては、対列車情報伝送装置、車両幾器モニタと故障情報、自動運転制御などの課題があり、逐次取り組んでいる姿が展示で紹介されている。
♣ 現在の東京地下鉄の姿と訪問の感想
東京の地下鉄は、先に述べたように現在まで総延長300キロをこえる路線が
構築されており、日々首都圏人口の交通手段の多くを支えている。これがどんなシステムと技術できあがっているのか、路線の拡張はどのようにしてなされてきたのか、車両開発や地下工事はどのような技術開発で進められたかなど、多くのことを「地下鉄博物館」教えてくれる。しかし、現在の東京の地下鉄をみると、まだ、多くの課題が残されているようだ。まず、経営主体とし
て東京メトロと都営地下鉄が併存し必ずしも運行・運賃・路線管理が統合的になされていないこと、当初計画通りの路線構築と駅・ホームの建設・改良がまだ十分進展していないこと、私鉄、JRとの相互乗り入れの利便性がまだ不十分であることなどであろうか。現在、2020年のオリンピック開催を踏まえて、
地下鉄路線は急ピッチで改修が進んでおり、課題の解消に向かいつつあると思われる。数年後の東京地下鉄の姿が楽しみである。その確認の意味でも、今回の博物館訪問は有意義であった。
(了)
Reference:
- 東京メトロ 地下鉄博物館」HP: http://www.chikahaku.jp/
- 「首都東京 地下鉄の秘密を探る」(渡部史絵)交通新聞社刊 2015
- 「東京メトロ 建設と開業の歴史」東京地下鉄(株)2014
- 「東京地下鉄 車両の歩み」ネコ・パブリッシング 2016
- 「最新 世界の地下鉄」日本地下鉄協会 2005
- 銀座線開通の苦労の歴史 https://www.tokyometro.jp/ginza/topics/20180330_167.html
- 東京の地下鉄の歴史―路線図と年表― https://azisava.sakura.ne.jp/rail/metro-history/
- 日本の地下鉄(日本地下協会)jametro.or.jp/japan/
- 東京地下鉄の車両変遷について(留岡正男)(2017- 3「車両技術253号」pdf)
- 東京メトロ 「メディアデータ」2018 (メトロアドエージェンシー) pdf