―日本の生糸・絹産業の発展を記す貴重なコレクションを展示―
東京小金井にある科学博物館(東京農工大)を8月初旬に訪ねてみた。蚕糸・絹製
品は、明治の初めから昭和にかけ日本の最も重要な輸出産品の一つであったことはよく知られる。また、絹は日本の産業近代化に大きな役割を果たした。このため、科学博物館には、明治以降の歴史的な紡績、織機、養蚕施設、蚕種サンプル、各種繊維機器、近年の化学繊維
動向を示す豊富な展示が多く収集され閲覧に供されている。中には、江戸から明治にかけての養蚕を題材にした珍しい錦絵の展示もみえる。絹産業に興味のある人には必見の博物館であろう。ちなみに、農工大は明治初期の内務省傘下の農事修学場が起源となり設立され大学で、戦後1949年、農業と工学を融合させた特徴のある
国立大学として新しく設立されたもの。このため、博物館は、当初より繊維関係(特に蚕糸・絹)、繊維関係の研究・教育、収集に携わってきたことで知られていた。また、博物館では、展示を題材にしたイベント、講演会、工学実験なども定期的に催しており、学内だけでなく広く教育普及に取り組んでいるなど開かれた博物館を目指しているようだ。
○東京農工大学科学博物館 〒183-8509 東京都府中市幸町3-5-8 東京農工大学農学部本館二階
HP: https://www.tuat-museum.org/
♣ 館内にみえる展示の概要
科学博物館の展示室は、養蚕関係の機器を中心とした展示の「繊維関係資料展示室」、各種織機を展示する「繊維機械展示室」、蚕糸・織布の品質を検査
する「計測機器」の展示室、伝統的な養蚕の姿や絹商品の内容を示す「錦絵・商標展示室」、そして、農工大発展を紹介する「学史展示室」「顕彰室」などからなっている。 このうち「繊維展示室」と「計測」展示は、繭の生育管理、蚕糸の生成、紡糸の過程、絹製品の生産・品質管理などに関連する標本、用具、生産機械、計測機器が時代ごとに陳列されており絹産業の発展がよくわかる展示となっている。また、「繊維機械」では、伝統的な織機から始めて現代
に至る織物機械が一覧できる。「錦絵」コーナーでは、江戸・明治の時代に養蚕蚕糸がいかに重要であったかを示すビジュアルな記録であり魅力あふれる展示となっている。 また、「学史展示室」「顕彰室」は、同大学の農業・繊維科学を中心に明治以降どのように教育研究活動を続けてきたかを示すのもので、特に、「顕彰室」では健康・医療で非常に重要な役割を果
たした遠藤章教授の業績を顕彰するもので一見に値する。そのほか、博物館では、現代の工学成果を紹介する機能ロボットをロビーに展示しており、同大学が農学だけでなく機械工学にも力を入れていることがわかる。 以下に、各展示コーナーの展示とともに、日本の蚕糸・絹産業の歴史を振り返ってみた。
♣ 展示にみる養蚕・製糸業の発展
博物館では、日本の養蚕・蚕糸・絹産業がどのように発展したのかを標本を交えて詳しく紹介している。その流れは、伝統的な養蚕・製糸手法から、次第に近代的な生産技術に発展していく様子が反映されていて面白い。
<日本の養蚕蚕糸業の源流と発展>
養蚕業は、カイコ(蚕)を飼ってその繭から生糸(絹)を作る産業であり、歴史は古い。日本へは弥生時代に中国大陸から伝わったとされる。絹製品は古くから高級織物として珍重されており、江戸時代には上流階級の間で人気
が高く取引も盛んであった。このため、養蚕・蚕糸産業は各地で振興され生産が盛んに行われた。特に、明治以降になると、生糸・絹の輸出は有力な外貨獲得手段となり、絹産業は日本の中心産業の一つとして成長してい
く。また、政府が蚕糸試験場などを設立することで技術開発も大幅に進んだ。この時期、蚕の改良、繭の生成・養育、蚕糸の品質改良、紡糸の能率化などが大幅に進んだ様子がうかがえる。
<養蚕蚕糸の技術発展>
博物館では、この技術変化、当時の作業の様子を詳しく紹介している。
まず、養蚕では、孵化した蚕を「蚕座さんざ」に移し桑の葉を与えて飼育を始める「掃き立て工程」、そして、成長した蚕は繭作りの器具わらでつくった「蔟まぶし」に移し繭を生成させる。展示では、各種「蚕座」と「蔟まぶし」のサンプルを展示している。特に、「回転まぶし」といった器具見本を展示し、明治
以降の技術変化を示している。また、蚕の構造模型や病原の解説の見本など珍しいものも数多くみえる。当時の人々がいかに養蚕技術の発展に力を尽くしていたかということがわかる展示である。
<繭から生糸への技術工程>
繭が生成されると、これを蚕糸(生糸)に紡ぐ工程になる。明治から昭
和にかけて「糸繰り」についての大きな技術変化が用具・機械の面で進んだことは広く知られている。この進化の様子も展示の中で時代を追って確認できる。すなわち伝統的な「座繰り」、「(諏訪式)繰糸機」、「多条繰糸機」、「自動繰糸機」などの機器への技術変化がよくとってみられる。この工程では、世界遺産にも指定された「富岡製糸場」の機械的繰糸機による技術移転がその後の
絹産業振興に大きな影響を与えたことも示されている。 また、当時の繭の標本、絹糸の格付け標本、そして絹製品の商標、計測機器など、技術の発展を反映する館内展示が並んでいて、蚕糸・絹の生産管理がいかになされていたのかがよく理解できる内容となっている。(詳しくは写真解説で確認できるだろう)
<生糸から絹織物へ>
さらに、絹糸を織りものにする過程も明治時代以降大きく進んだ。これについて
は先の「トヨタ産業記念館―繊維館―」でも触れたが、農工大の科学博物館でも展示を通じて多くのことを知ることが出来る。古代からの繰糸具、日本の伝統的な糸繰り用具、織機などのコレクションも豊富である。また、日本独特の「組み糸」の道具機器の展示も面白い展示でsった。これらの用具は、博物館スタッフによる実際操作の実践も行われていて技術変化の内実も実物を通じて確認できる。
♣ 錦絵にみる日本の養蚕・絹産業の展開
先に見たように、絹生産は古い時代から行われてきたが、江戸時代以降さらに普及し、また、明治時代から「殖産興業」政策により重点産業にな
っていった経過がある。この様子は館内の「錦絵・商標展示室」の展示で多くをみることが出来る。江戸時代の民衆が養蚕に関わる様子、「標本絵図」養蚕技術の教本などである。また、明治初期の養蚕・生糸の振興政策を示す錦絵や解説などもみえる。また、絹の商品取引の状況を示す「商標」
の展示も面白い。 各時代の養蚕・絹産業に対する民衆の関心の深さと広がりを示す貴重な展示である。また、蚕糸業と皇室との関係は深く、記念絵図、記念品の展示もみられるのは貴重である。
♣ 展示にみる近代の繊維科学の取り組み
博物館の展示は蚕糸・絹製品の生産過程がメインになっているが、他の繊維産業に関するものも数多くみられる。例えば、レーヨン、ナイロンなどの化学繊維に関する
もの、炭素繊維などの最近の繊維先端技術、医療分野での繊維化学応用分野の展示などである。新旧の縫製ミシンの展示も面白い、なかでも、館内の「顕彰室」は農工大名誉教授遠藤章の生化学分野での貢献を詳しく紹介している。
見学のあとで
今回の農工大科学博物館の訪問は、養蚕業の歴史を知るとともに繊維産業の幅広さ
を知る貴重な経験となった。日本の貴重な産業分野であった養蚕・絹産業がいかにして発展したか、技術的にどのような特色を持っていたか、明治の産業近代化の過程でいかなる進化を遂げ
たかなど学ぶことが多かった。また、この博物館では、新しい試みとして市民向けの講演会、科学教室、出版活動など行っており社会との開けた大学博物館を目指している点でも新鮮であるとの印象を受けた。
(了)
参考文献:
- 東京農工大学 科学博物館HP:http://web.tuat.ac.jp/~museum/information/index.html
- 天皇家御養蚕所と東京農⼯⼤学http://web.tuat.ac.jp/~jokoukai/kindainihonnoisizue/archive/tenbo/tenbo.htm#21
- 養蚕業 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/養蚕
- 絹 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/絹
- 岡谷蚕糸博物館 http://silkfact.jp/
- 「トヨタ産業技術館ガイドー繊維館―」(トヨタ産業技術館)
- 「日本を変えた千の技術博図録」(国立科学博物館)
- シルク博物館(横浜) http://www.silkcenter-kbkk.jp/museum/
- 富岡製糸場と絹産業遺跡群 https://worldheritage.pref.gunma.jp/ja/ksg-ht/
- 養蚕の歴史 http://www.silk.or.jp/kaiko/kaiko_yousan.html