ー世界の多様な楽器のルーツを探る音楽文化博物館ー
今年の浜松旅行の際、市内にある「浜松市楽器博物館」に立ち寄り見学して
きた。 浜松は、ヤマハやカワイ、そしてローランドなどの楽器メーカーが集中しており、市自体も「音楽のまち」を表明している。このシンボル的な施設が「楽器博物館」であった。内容的には「世界楽器歴史博物館」ともいえる施設で、ヨーロッパをはじめ、アジア、中東、アフリカ、オセアニアなどに存在する歴史的特徴的な楽器類を1500点以上収集・展示し、それぞれの由来、特徴、歴史を詳しく伝えている。特に、設置されたイヤホンで、それぞれの奏でる音
を楽しめるのはうれしい。視覚的にも華麗なアジアの楽器、歴史のあるヨーロッパの楽器、伝統的な形のアフリカ、オセアニアの楽器などが一堂に集められており、その文化的な多様性を感じさせてくれる。日本の伝統民俗楽器のコレクションも見応えがある。中でも、浜松がピアノ生産で世界一ということもあり、ピアノ展示は特に豊富である。ヨーロッパの有名な歴史的なピアノ名品のほか、日本で歴代生産されてきた特徴あるピアノが並んでいて、日本のものづくり文化の背景を感じさせてくれる。
○ 浜松市楽器博物館所在地: 〒430-7790 静岡県浜松市中区中央3-9-1
HP:gakkihaku.jp/exhibition/introduction/
♣ 展示の概要
博物館の展示コーナーは幾つかの地域ゾーンに分かれていて、それぞれの特徴的な楽器をそろえて展示している。まず、アジアではインドネシアのガムランはじめ伝統楽器420点、ヨーロッパでは歴史的なピアノ、フルート、ヴァイオリンなど360点、アフリカ、オセアニアでは伝統的な打楽器や弦楽器190点、アメリカでは南米のマリンバなどが150点展示されている。また、日本ゾ
ーンでは、古来の篳篥、羯鼓、江戸時代の琴、箏、民衆民俗楽器の尺八、三味線、太鼓など200点が解説付きで見られる。また、国産洋楽器ゾーンでは、明治以降、浜松のメーカーが製作してきたオルガン、ピアノ、そして、2010年からは電子楽器セクションが設けられ、シンセサイザー、電子オルガンなど80点が展示に加えられている。 これだけの世界中の楽器が一カ所に集められ、それぞれ比較して観察できるのは珍しいと思われる。それぞれのゾーンと楽器類について、やや詳しく見ていくと次の通りであった。
♣ 展示に見る弦楽器の多様性と地域
ヨーロッパで生まれたヴァイオリンは弦楽器の代表格と言ってよいだろう。しかし、弓で弦を擦って音を出す楽器の起源は古く且つ広汎で、ハープなどは紀元
前3,000年前のエジプトなどでも見られたという。また、弦を指や道具ではじく撥弦楽器も同様に古い。アラビアのラバーブや、中世にオリエントから伝わったレベックという楽器、東洋では中国の二胡や馬頭琴などの擦弦楽器、インドのシタールも同様であるといわれている。こ
れらが、大陸のシルクロードを通じて古く日本にも伝搬し、琵琶や琴、三味線となって現代に伝わったいうのが通説である。楽器を通じた広域の文化交流を感じさせられる。展示では、ヨーロッパ・ゾーンで、現代的な楽器ヴァイオリン、チェロ、ギターなど、アジアのシタール、馬頭琴、二胡、南米ではバンジョー、ビンンバウ、日本の伝統的な琴・箏、三味線、琵琶などが関連性をもって陳列されている。また、日本で生まれた大正琴も珍しい展示であった。
♣ 展示に見る打楽器の系譜と地域
打楽器の起源を見てみると、物を叩いて音を出すことが祭司や呪術的な手段
の一つとして、また、離れた人と交信する目的で遙か昔から使われていた。これが、やがてさまざまな感情を表現する楽器としての役割を果たすようになり楽器として発展したといわれる。したがって、当初は銅鑼や太鼓がその主要なものであった。それが後になって多様な発展を遂げる。 打楽器の分布では、民族的な打楽器の種類が数も非常に多いのはアジアやアフリカである。
展示でもこれが反映されており、インドネシアのガムラン、中国の銅鑼、韓国のチャンゴ、インドのタブラ、トルコのダラブッッカの太鼓楽器が見られ、東南アジアでも竹などでつくった木琴状のアンクロンなど種類も豊富である。
アフリカでは、ンゴマ、パンロゴ、クリンなど多様な民族打楽器が見られる。一方、ヨーロッパ・ゾーンでは、民俗打楽器のほか、オーケストラで使われる近代的な楽器となったティンパニー、ドラムセットなども登場してくる。 しかしなんといっても、展示の中で圧巻なのは、アジアゾーンの中心に大きく配置したある壮麗なジャワのガムラン、バリの竹ガムランの存在であろう。これらは見るものを圧倒させる魅力がある。
♣ 展示に見る管楽器の系譜と地域
管楽器は、管の中に息を吹き込み振動で演奏する楽器の総称。
この楽器の縁源は古く、紀元前にから骨や角、貝、木、植物などを使い、宗教儀式や祭り、娯楽などで人々の間で広く演奏されてきたという。また、この多様な形と多彩な音質を誇る管楽器は、現在、最も親しまれている楽器の一つである。その地理的広がりでは音楽芸術の発展とともに普及した西欧の近代的管楽器が大きな割合を占める。一方、アジアやアフリカで古くから伝わる民俗系の管楽器が多く分布している。これは展示内容にも反映されていて興味深い。
まず、民俗系の管楽器では、オーストラリア原住民のディジュリドゥの展示が「世界最古の管楽器」として知られ目を引く。また、アフリカではシュケレ、南米ではオカリナ、サンボニアが展示されている。日本ゾーンでの伝統管楽器も多様で、尺八、ホラ貝、笙などが見られる。(日本楽器機については後に触れる)。
<多様な形の西欧近代管楽器>
しかし、中世以降発達した近代管楽器では、ヨーロッパ・ゾーンで圧巻の数と多様性と誇る展示となっている。まず、木管楽器では
ルネッサンス時代から使われたフルート、オーボエ、ファゴット、比較的新しいクラリネットなど。また、金管楽器では、古い起源を持つトランペット、トローンボーン、チューバなど。これらが時代ごとに形状、音質を変化させながら発展している様子が展示から見て取れる。現在使われているオーケストラ管楽器の由来や歴史、性格を知る上で貴重であると思えた。
♣ 展示に見る鍵盤楽器ピアノとチェンバロ
楽器博物館の展示で中心を占めるのは、「ピアノ製作の町」浜松にふさ
わしく、豊富なピアノやチェンバロの鍵盤楽器のコレクションである。鍵盤楽器は、その名の通り鍵盤を操作して音を出す楽器である。このうちオルガンは音管に空気を送り込むことで音を出す楽器で、ピアノは鍵が各音階の弦を叩くことで演奏される。双方とも歴史は古
いが、ピア
ノの形が整ったのは近世以降である。一方、チェンバロは、16世紀頃ヨーロッパで普及したピアノに近い鍵盤楽器であった。このチェンバロを、18世紀初頭、イタリアのクリストフォリが改良し、音の強弱をつけることで現在のピアノの形ができあがった。これ以降、何人もの著名な音楽家がピアノを使った曲を作り、且つ盛んに演奏したことから宮廷音楽の有力な楽器として定着した。
博物館では、18,9世紀につくられたチェンバロ、ピアノの古典的名器が並んでいるのが見られる。例えば、フランス ブルボン王朝の時代の豪華なチェンバロ、1830年代のプレイエル社のフォルテピアノ、1820年代のウィーン製ピアノのグラーフなどが鑑賞出来る。また、多くのピアノ名器を生み出しているスタインウェイ社のピアノ・シリーズ展示なども見所である。
一方、19世紀にピアノが楽器として広く普及ようになると、これに応えるためピアノ製作の技術発展も著しく進み、良質のピアノの量産化が可能になってきた。また、この頃から家庭用としてコンパクトなピアノが求められ、縦型のアップライト・ピアノも生まれる。こういった中、日本では西欧音楽の普及が進み、工業製品としての楽器、特に、国産ピアノの製造を志すメーカーが現れてくる。浜松では、ヤマハ、カワイがピアノ製造にいち早く生産に乗り出していった。したがって、楽器博物館では、外国製の古典的ピアノのほか、これらメーカーが製造してきた各種の日本産ピアノ展示にも数多くのスペース振り向けている。日本の楽器製造の歴史を見る上でも貴重であると思える。
♣ 展示に見る日本の楽器と世界
館内の日本ゾーンには、日本の特色ある和楽器のほぼすべてが展示されている。祭りで使う大太鼓、雅楽で使われる「鞨鼓」(かっこ)、
「笙」「篳篥」「龍笛」、江戸時代から伝わる地無し尺八、奈良時代から伝わる琵琶、和琴の八雲琴、東流二絃琴、須磨琴、筝、民衆芸能の三味線、修験者のホラ貝、薩摩の民俗楽器ゴッタンや琉球の三線などの展示が見事である。これだけの多様な和楽器が使われ発展
し、伝承されてきたことに改めて感心させられる展示である。大陸や南方文化との歴史的なつながりの中で伝承されてきたことに改めて感心させられる展示である。
♣ 浜松の楽器産業の発展と展示―国産洋楽器ゾーン
最後に、浜松にこれだけ大規模な「世界楽器博物館」が設立されてきたかについても触れる必要があるように思える。浜松は、前に触れたように「音楽のまち」を標榜しているが、ヤマハ、カワイ、ローランドといった楽器メーカーが集中し、かれらが市の文化活動と産業を振興しようとしていることによるだろう。「楽器博物館」その一環で設立された。
この楽器製造の源流は、明治初期にさかのぼる。 ヤマハの創業者山葉寅楠がオルガン造りを志し、苦労の末、国産のオルガンを浜松で製作するようになったことが嚆矢であった。山葉は、まず1890年、第3回内国勧業博覧会(上野)に出品したオルガンで賞をとった後、「山葉楽器製造所」を設立してオルガン製作開始した。そして、1897年、日本楽器製造株式会社となり国産のアップライト・ピアノを製造する。これが現在のヤマハの楽器作りの始まりであった。一方、日本楽器製造所で働いていた河合小市は、1926年、同社を退職、独立して河合楽器研究所を設立、ピアノの製造・販売に乗り出した。現在では、このヤマハとカワイはピアノ部門では世界一の生産を誇っている。この歴史の一端示す製品が、楽器博物館の国産洋楽器ゾーンに示されている。
展示では、足踏み式リードオルガン(日本楽器製造株式会社、明治40年頃製作)、アップライト・ピアノ(日本楽器製造株式会社、明治30年頃製作)、グランド・ピアノ(河合楽器製作、昭和2年頃製作)などが見られる。ここでは足踏み式リードオルガンの製作から始まり、ピアノへ、そして多様な西洋楽器が生産された歴史が確認できる。
<電子楽器の展示>
また、電子楽器では、外国製シンセサイザーをはじめ、国産アナログシンセサイザーやリズムマシン、電子オルガン、エレキギターなど、時代を代表する電子楽器が紹介されている。エレクトーンD-1(日本楽器製造株式会社、1959年製作)、エレキギターSG-7(日本楽器製造株式会社、1965年製作)、シンセサイザーシステム700(ローランド株式会社、1976年製作)、カシオトーン201(カシオ計算機株式会社、1980年製作)などの展示がこれに当たる。電子楽器の歴史も100年となり、新しい楽器スタイルとして定着していることが展示では確認できる。
おわりに
浜松では、短い時間であったが「浜松市楽器博物館」を訪れ、世界と日本の楽器を通して音楽世界の豊かさを感じることが出来た。今までオーケストラはじめ各種の音楽演奏会に何回かは行ったことはあったが、楽器については全く
知識がなかった。今回の訪問では、おかげで多様な楽器の由来や特性、音楽技術の進化について多く学ぶことが出来た気がする。特に、世界各国の民俗楽器について、その文化背景やつながりや歴史が、展示によってよく理解できた。これだけの楽器コレクションを持つ博物館も世界でも珍しいのではないかと思われた。「音楽のまち」浜松の誇るべき施設であろう。
(了)
Reference:
- 浜松市楽器博物館常設展示HP:gakkihaku.jp/exhibition/introduction/#1
- Hamamatsu Museum of Musical Instruments HP: http://www.gakkihaku.jp/en/
- 世界の楽器紹介:http://miki329.ecnet.jp/keitai/gakkihakubutsukan.html
- 浜松におけるピアノと楽器産業の発展について(京都造形芸⼤)
http://g.kyoto-art.ac.jp/reports/1131/
- ⾳の起源:https://www.osaka-kyoiku.ac.jp/~masako/exp/oto/naiyou/kigen.html
- Japan Highlights Travel: https://japan-highlightstravel.com/jp/spot/322/
- 浜松市楽器博物館について
http://miki329.ecnet.jp/keitai/gakkihakubutsukan.html - ヤマハ『イノベーションロード』
https://www.yamaha.com/ja/news_release/2018/18061901/ - 河合楽器製作所HP: https://www.kawai.co.jp/