ー郵便制度に現代通信文化のルーツを見るー
先日、東京下町にある「郵政博物館」を訪ねてみた。この博物館は葛飾押上の東
京スカイツリータウンの中に設けられている。郵便制度の成立は、古今東西を問わず近代社会に不可欠な通信インフラと情報伝達の原点といってよいかも知れない。日本は、明治4年(1871)に欧米の郵便制度を導入して開始して150年になる。そして、郵政事業として手紙、ハガキ、小包、電子通信など多様な形態の発展を遂げ
ている。こういった郵便通信手段の歴史と現代を伝えている博物館が「郵政博物館」であった。館内の展示は、歴史的な文書伝達手段やその変遷、情報と通信のあり方、情報文化の多様性など現代社会を支える社会システムついて考えさせられる訪問であった。今回は、こういった郵便事業と通信手段の発展を「郵政博物館」に依拠しつつ探ってみた。
○郵政博物館所在地: 〒131-8139 東京都墨田区押上一丁目1番2号 東京スカイツリータウン・ソラマチ 9階
HP: http://www.postalmuseum.jp/
♣ 郵便の起源と日本の文書交換の歴史
日本の最も古い遠距離通信手段は律令時代からはじまり、主要街区に設けられた「駅制」と「伝馬」によるものであるという。鎌倉時代には人馬による「飛脚」による文書相互伝達がはじまり政治的な文書交換が行われ
た。江戸時代になると「飛脚」業者があらわれ、武士だけでなく町人も盛んに手紙を交換して連絡しあうようになった。江戸を中心として街道の整備や宿場施設などの交通基盤が整備されたことが大きかったようだ。この様子は、郵政博物館の展示の中によく示されている。
一方、ヨーロッパ社会では、教会・修道院を統率するために12世紀はじめに起こった「僧院飛脚・マナスティック・ポスト」が郵便の起源であるといわれている。また、近代郵便の起源は、16世紀ヨーロッパのオーストリア・パプスブルグ家が主導した商業目的も含む定期文書郵便 ”Thurn und Taxis”が嚆矢とされている。その後、1840年、ヨーロッパでは、英国人ローランド・ヒルの考案による均一料金郵便制度が英国で施行されたことにより、本格手的な近代郵便の基礎が確立された(「ペニー郵便制度」)。
日本の近代郵便制度は、明治3年(1870) これら西欧の郵便制度に学びつつ、明治期に前島密が「郵便局」制度を建議したことに始まるといわれる。そして、1871年
4月、東京、京都、大阪に「郵便役所」が創設され日本の郵便制度が公式に開始された。当初、郵便は政府の手紙配達が主な目的であったが、民間の手紙も併せて扱うようになり、「郵便役所」も主要都市に広がり全国ネットワークが形成される。この配達網の形成には、江戸時代の「名主」が自宅を「郵便取扱所」として提供したことが大きかったという。これによる「郵便局」設置は1000カ所を越え通信網が全国規模となり、ネットワーク化がさらに進んだ。
一方、このとき日本ではじめて「切手」も誕生している。また、郵便局のポストも同時に多数設置された。これにより郵便局で切手を購
入し書状の表に貼り、ポストに投函することで、全国の相手先に配達されるという仕組みがはじめて確立された。これは、今まで、飛脚により「手紙」が個別にやりとりされた時と隔絶した画期的な仕組みができあがったことになる。この郵便制度導入に至る経過は「郵政博物館」正面の歴史コーナーで詳しく解説されている。また、このとき使われた第一号の切手「龍文切手」や当時の設立に至る文書や写真がそこには展示されて
いる。また、これら郵便制度の構築に貢献した前島は、その後「日本郵便の父」と呼ばれるようになり、その胸像もこの博物館の正面入り口に飾られている。ちなみに「郵便」という名前も前島がなつけたものであるという。
♣ 展示に見る郵便ポストと配達手段の変遷
明治初期の郵便ポストが博物館に写真で幾つか展示されている。明治の人にとって手紙が身近なものになった要因
の一つは、街頭に設置されたポストではないか考えられる。手紙をポストに「投函」することで相手先に届く簡便さが、郵便利用の増進と大量配送を促しコストの低下とシステムの拡大を可能にした。この簡便さと信書の安全性の両立がポストの形状やデザインに現れていて興味深い。博物館で、この歴代ポストをいくつも実物で見られるのは魅力的である。
一方、手紙など郵便物処理と配達の仕組みや手段の変遷もおもしろい。明治以降の交通・運送手段の発達と共に、「配送」の手段や仕組みも大きく変化している。この変遷は博物館転移の中で実物やモデルで展示されており、郵便システムがどのように発展してきたかがよくわかる。当初の人力函車から馬車、オート三輪、トラック輸送への変化(何故か郵便車はみな赤い)、郵便配達夫の衣装、カバン、道具など、時代の移り変わりを反映している。また、郵便配送区分用具、郵便計量器、消印スタンプなど、なじみのある用器具の変化も親しみが湧いて面白い。
現代まで、郵便システムがどのように発展してきたかを見る上で興味ある展示であろう。
♣ 郵便の象徴・切手の総合展示
この郵政博物館のハイライトの一つは、日本の例題切符のほか、世界各地から集
めた33万点にも上る「切手」のコレクションであろう。広い展示コーナーに縦型の引き出し式の展示棚が設置され、北米、ヨーロッパ、中南米のほかアフリカ、大洋州などの貴重な切手類がぎっしり収納してある。幾つかの棚を開け
てみたが、各国の歴史的人物や風景、珍し動植物の切手が一覧でき、世界の多様さと郵便という手段で世界が結びついていることを感じさせる。中には、アトラクションで、切手を組み合わせて作った「モナリザの像」もあって目を引いた。
♣ 社会変化を伝える手紙と文書用具の歴史
この展示コーナーでは、日本の手紙に関わる様々な道具と手紙自身の
歴史を見ることが出来る。江戸時代の漆塗りの「状箱」、筆記洋舞の「矢立」、硯箱などの美術的価値の
ある手紙用具、「秘密文書送付箱」、古代に使われた「駅鈴」など珍しい展示品である。
また、手紙に関するエピソードや錦絵などの展示も豊富であった。どのように社会生活の中で手紙が位置づけられてきたか分かる内容で学ぶことが多い。 時代と共に変わる手紙の種類や形態も、新しい情報手段や社会変化を伝えている。ハガキの誕生、レタックス、電報、絵封筒や絵はがき、年賀状などであろうか。珍しい物では戦争時代に使われた兵士の「軍事郵便」などのサンプルも展示されてあった。
♣ 通信手段の変遷を伝える企画展示
郵便制度と共に発展した通信手段を伝える企画展示コーナーも魅力的である。日本の電気通信の黎明期を伝える機器類の展示が豊富になされてい
る。米国ペリー提督が持参したエンボッシング・モールス電信機 (1854)、ブレゲ指字電信機 (1869)、平賀源内の「エレキテル」( 1776 模型)などが見られる。
このほか、江戸や明治、大正、昭和にかけての郵便と通信に関わる絵画、写真、ポスター、文献などが随所に展示されていて、郵便だけでなく人々のコミュニケーションの方法や当時の社会生活や文化の態様なども見て取れる。
また、郵便局を利用した小口の貯金制度、保険などがどのように構築されてきたのかが、歴史的経過を踏まえて展示されており、今日の「郵便局」や「特定郵便局」の業務との関連を見る上でも参考になる。
♣ 見学を終えて
郵便による手紙や小包などは、今日、日常生活ではごく当たり前の通信手段であるため意識されることが少なく、それがどのような歴史的な背景のなかで生まれ、
且つ、発展してきているのか、社会的意味は何なのかを意識することは少ない。その意味で、この「郵政博物館」は、これらを知る上で貴重な博物館であった。また、かっての「郵政局」がJP郵政グループとなり、郵便業務はその一つ「日本郵便」が扱うようになっている。また、通信手段が、電話や電信が発展するにしたがって、主要な情報伝達が郵便から他に移っていった。電話通信は日本電信電話公社 (1952設立) にゆだねられ、その後、これも民営化され現 NTT (1986-)と変容 している。また、通信手段がグローバ
ル化するなかで NTTも無線通信部門は NTT Docomo (1999-) となって枝分かれしている。そして、今や通信手段の主役は、ワイヤレスやインターネットに移っている。それでも、未だに手紙やハガキなどのやりとりは健在であり、郵便の重要性は薄れていない。また、全国に展開する「特定郵便局」のネットワークは日常生活には
欠かせない機能も維持している。現在、郵政の規制緩和と機構改革が政治の俎上に上りつつあるが、ここで明治以降築かれてきた「郵便制度」を振り返って見るのも有意義かも知れない。時代と技術の発展共に変わってきた「郵便」、当時の先人の努力、歴史的価値、時代変化への対応力を考える上でも、この「郵政博物館」訪問は大変ためになる。今後、アジアや欧米のの郵便制度などとも比較してみるのも面白いかも知れない。
(了)
Reference:
- 郵政博物館 公式ガイドブック (日本郵政出版)
- 郵政博物館 展示資料ガイド(パンフ)
- 郵政博物館HP: http://www.postalmuseum.jp/
- 通信のあゆみ―悠久の大通信展 2017 ― (展示ガイド)
- 郵便の歴史 Wikipedia
- ゆうびんホームページ (http://www.post.japanpost.jp/)
- https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=郵便&oldid=64136462