――日本の電信電話のルーツと技術開発の歴史を知るー
友人の勧めもあって東京・三鷹にある「NTT技術史料館」を訪ねてきた。今や、
あらゆる情報が瞬時に世界とつながるインターネットの時代に入っている。このような変化はどのようにしてもたらされたのか。こういった疑問を持って「NTT技術史料館」を訪ねてみた。史料館はNTTグループによって2000年に設立したもので、通信技術関係の歴史史料、各種実物機器の豊富に展示している。訪問者は、これら
展示を通じてNTTの開発した情報通信技術のありようを確認できるほか、日本の電気通信発展全体の歴史をさぐることもできる。館内は「歴史をたどる」と「技術をさぐる」の二部構成になっており、日本がどのような形で通信、電話、情報機器を発展させてきたかがよくわかる展示である。 特に、初期の電信・電話の導入期の逸話、電気通信の
原理や発展の歴史、電子機器の技術情報や機能などの解説も詳しい。展示は多岐にわたっており施設も巨大で一日では回りきれない膨大な展示内容を誇っている。今回の訪問では、時間の制約もあり技術的に複雑な展示は避け、日本の電気通信の発展を社会的な背景との関係を意識しつつ見学してきた。以下は、そのときの見学記録。
NTT技術史料館所在地:〒180-0012 東京都武蔵野市緑町3-9-11 NTT武蔵野研究開発センタ内
HP: http://www.hct.ecl.ntt.co.jp/
♣ 技術史料館展示の構成と内容の概略
史料館の見学コースは、前述のように大きく分けた二部構成となっている。
一つは「歴史をたどる」、二つ目は「技術をさぐる」である。「歴史」コースでは、初期の電信・電話の導入・普及期の逸話からはじまり、戦後の本格的な実用化、1970年代からの技術革新と電気通信の多様化、80年代からのディジタル技術の導入、今日のマルティメヂア、モバイル、国際化といったテーマで、日本の社会生活と経済ビジネスの世界でどのように電気通信が活用されてきたかを展示
している。「技術」では、交換機、トランスミッション技術、電子計算機との融合、通信インフラ技術、光通信、モバイル、画像転送技術といった展示内容である。 それぞれの展示では、時代を画した製品や機器が豊富に並んでおり、時代の推移と技術の発展を実感できる。また、階下には、幕末・明治にかけての電信、電話の導入期の人々の様子も壁画に描かれていて興味深い。 初心者には電気通信の原理や技術の基礎がわかるように初期通信機械の機能モデル
が設けられており、実際に操作し実験できるのもうれしい展示である。
♣ 展示に見る電気通信の発展と社会
展示では、電気通信技術と社会へのインパクトを、それぞれの時代に登場した
機器の解説を通じて紹介している。幕末初めて日本に電気通信機器が紹介されてから150年、この間の通信事業・技術の展開は目を見張るものがある。簡便な電信から電話サービスの導入、交換機の改良と自動化、通信装置の電子化、マイクロ波の開発、マルティメヂアの普及など数限りない。今回は、主として明治の電信機器導入から現在に至る史料館の展示器具を見ながら、この間の技術発展と社会への電気通信の普及の姿をNTTの取り組みを中心に追ってみた。まずは、初期の逸話と機器の登場から紹介してみる。
♣ 電信電話ことはじめの展示
史料館階下の壁面に、日本社会への電信機器の受容を描いた大きなイラストが
ある。その中に、1854年、ペリーが幕府に「通信機」を持ち込んで紹介しているシーンが見える。これは日本人が初めて実際の電気通信装置を見た驚きを再現したものだといわれている。その後、通信の重要性を実感した新明治政府は明治2年(1868)早くも電信の導入を決め、東京・横浜間に仮設工事、1980年には電信サービスを始めている。史料館には、ペリーの持ち込んだモールス電信機の写真、そして、当初日本で使われた「ブレゲー指字式電信機」
が展示してある。後に、電信は、鉄道や船舶通信、軍事・行政・企業間通信として日本社会の近代化、産業開発に大きく貢献することとなる。また、海底ケーブルにより海外との通信も可能になった。
一方、電話は1876年、米国人ベルによって発明されるが、日本では、明治23年(1890)になって東京横浜間で初めての電話サービスが開始された。非常に高価な通話料であったという。電話は、電話交換局の交換手によって一つ一つ手動で交換通話する煩雑なものであった。しかし、直接、遠隔地と音声で連絡が可能となった電話サービスは非常に貴重で申込者が殺到したという。史料館では、ベルの電話機を模倣して製作された「国産一号電話機」、{磁石式手動交換機」の実物が展示されている。また、当時の電話の普及を描いた壁面もあり興味深い。
♣ 電気通信の自主技術開発の時代へ
明治後期までに電信電話の一般への普及は急速に進んでいたが、その技術の大
半は海外に依存せざるを得ない状況が長く続いた。 そのなかでも、先端技術の積極的な摂取と消化、それに基づく自主技術の開発も多くなされたのも事実である。中でも、TYK無線電話開発、無装荷搬送方式の開発、装荷ケーブルと
装荷コイルの開発、写真電送装置、T形自動交換機、軍事用レーダー開発などがあげられる。電話機も、種々の形状、機能をもったものも生まれ、公衆電話も普及する。史料館の展示では、この時期の展示物はやや少ないが、装荷ケーブル、フレミングの2極真空管、デ・フォレストの3極真空管などが見られるほか、時代時代の電話機の見本が数多く展示されている。
♣ 戦後復興から成長の時代の電気通信
民生部門の電気通信の進展が大きく歩み出したのは、第二次世界大戦後の1950年代からである。電気通信を主導したのはNTTの前身電電公社であ
る(1950年)。公社がまず取り組んだのは「電話」網の拡大とサービスの向上であった。この中で開発されたのが国産の「四号電話機」である。これまでのカワーベルから三号電話機でも、すべて外国製品の模倣であったが、初めて高品質品の自主開発となった。また、電報サービスと中継交換の整備、海底ケーブルの拡大、国際通信の復興とテレックス通信の開始、マイクロ波によるテレビ放送開始、装置面では自動交換機「クロスバー交換機」
登場、同軸ケーブルの開発などが進んだ。 史料館では、時代疑似空間を使いながらこの間の社会変化と機器の進歩の様子を描写していて興味深い。例えば、当時の公衆電話機(赤電話)、各種の電話機、初期のクロスバー交換機、同軸ケーブル、職場に普及したテレックス、構内交換機(PBX)などが時代を追って進歩している姿が展示されている。
♣ 本格的な通信分野の技術革新と多様化の時代(1970年代から)
戦後高度成長時期を終え、日本も経済における質の変化と電気通信の技術が新しい段階に入ってくる。 電話機の広汎な普及と交換機の電子交換機への進化、
コンピュータネットワークによるデータ通信サービスの開始、移動通信サービスの自動車・携帯電話の登場、各種通信技術の開発が進展した時期である。 史料館では、当時の社会生活に必須となった公衆電話の普及、画像伝送・ファクシミリ、移動通信の開始、電子式電話交換機の開発などの様子を、多くの写真、現物展示が展示
されている。例えば、D10形自動交換機、各種形状と機能の電話機、データ通信に対応するプッシュホン、開発初期の自動車電話、ファクシミリ装置、などである。電気通信網が当時の社会やビジネスの世界に広く浸透していることがうかがえる。また、この間の技術進歩が世界でも日本でも急速に進みつつあったこともわかる。
♣ ディジタル技術とマルチメディアの時代(1980年代半ばから)
1980年代半ば以降の電気通信事業の歩みをみると、技術、サービス提供の面でさらに進歩が加速し社会に深く根付いていることが展示からもうかがえる。通信手
段は、アナログからディジタルの時代へと大きな移行しており、音、映像、データが同時に多様なネットワークで扱えるようになった。また、移動通信の急速な発展やインターネットの普及が進み、ネットワークで結ばれた新しい時代が始まることになる。1985年には、民営化したNTTが伝
送容量の飛躍的な増大をはかるため「光伝送」も導入している。そして、自動車電話から始まった移動体通信は急速に発展、固定電話網に匹敵する巨大ネットワークへと成長、また、移動デバイスの小型化、電波利用効率の向上が進む一方、インターネットの普及も進んでいく。衛星通信が活発化するのもこの時期である。
史料館では、各種光エレクトニクスの機器・装置、多機能化する固定電話と携帯電話、ISDNに対応するディジタル端末、テレビ電話機、イントラネット、マルチメディア環境をサポートするユーザ機器、さらには技術試験衛星ETS-VIの実験モデルなども展示されている。ビジネス環境の展示では、テレックスからコンピュータ通信へ、日本語OCRや音声合成技術画像通信と画像情報提供システムなども紹介されている。
♣ 今日のインターネット環境と通信世界の動向
インターネットのひろがりとともに新たな通信システムの構築が日本でも現在進行中に見えるが、この点での史料館の実物展示はあまり多くない。「史料」館とい
う性格や「移動通信については“NTTドコモ”が主役になっているせいであるかもしれない。それでも、NTT自体が取り組んでいる幾つかの方向性は確認できる。 例えば、OCNの導入・発展、インターネットを利用した音声通信や映像配信、かつて一時代を画した「iモード機器」、IPv6インターネット国際実験ネットワークの構築・運用などの活動内容が紹介されている。通信ソフト面でも、制御プログラムを核に多様な展開、階層アーキテクチャ、大
規模データベース、ソフトウエア生産技術、媒体の変化なども見える。電気通信サービスは有線固定電話網から無線通信サービスへ大きくシフトへ、モバイル通信も3Gから4Gへ、そして5G世代への移行が叫ばれる中、有線通信サービスに基盤を置いてきたNTTが蓄積してきた膨大な技術資産を生かして、今後どのように通信事業を展開していくか興味のあるところである。
見学を終わって
今や通信業界は激しい変化と競争の時代に入ってきた。世界的にはモバイル端末では,海外メーカーが先行し国際通信でも欧米が支配力を強めている。また、衛星通信でも各国が開発競争を激化している。こういった中、日本の電気通信がどのように発展してきたのか、今後、どう進みつつあるのかは非常に興味のある課題である。その意味でも、今回訪
問したNTT「史料館」は、多くの技術開発の経過、通信の社会生活との関わりの歴史を明確にしてくれたのはありがたい。技術的知識の乏しい私には十分に展示や説明にはわかりにくい面もあったが、電気通信の社会的意義が十分に理解できた。今日、モバイルとインターネットの時代、通信サービスもKDDI、NTTドコモ、ソフトバンクなどの通信プラットフォームが競争を強める中、NTT自身がどのような役割を果たすようになるのかの示唆を「史料館」が与えてくれたような気がする。
(了)
Reference:
- NTT技術史料館HP: http://www.hct.ecl.ntt.co.jp/
- NTT技術史料館 技術史のラウンジ hct.ecl.ntt.co.jp/floorguide/history_05.html
- NTT技術史料館紹介: https://electrelic.com/electrelic/node/897
- 「ビジュアル版 日本の技術100年」(5) 通信・放送 (筑摩書房)
- 「通信の世紀」大野哲弥 (新潮選書)
- 「電気通信物語」城水基次郎 (オーム社)
- 電話機の歩み https://www.ntt-east.co.jp/databook/pdf/denwakinoayumi
- 固定電話の歴史: kogures.com/hitoshi/history/tushin-denwa/index.html
- 日本の電信の幕開けー江戸から明治― ITUジャーナル 46 No. 7(2016, 7)
- プラットフォームサービスを巡る現状と課題(プラットフォームサービスに関する研究会 2018 Oct.18)