東京・王子の「紙の博物館」訪問 

    ―紙文化の歴史と社会的意味を伝える博物館―

paper museum- Logo x01 有史以来、紙は情報と知識の伝達手段として、また、便利な生活材料として社会paper museum- Hall x01文化の発展に重要な役割を果たしてきた。歴史における紙技術の伝播や発展も興味深い。こういったことを実感させてくれる博物館「紙の博物館」が東京・王子にあった。先日、この博物館を見学してきた。
この博物館では、世界史的な視点での「紙」の歴史とその社会文化的なインパクト、日本で独自の発展を遂げた「和紙」の歴史や製法、近年の製紙産業の成立paper museum- history x01と発展の歴史、現代の紙の多様な形態や役割などを詳しく紹介している。この博物館は、当初、明治初期の製紙会社「抄紙会社」(後の王子製紙)の歴史史料を展示する「製紙記念館」であったが、1998年、施設の大幅な拡張整備を行い現在の「紙の博物館」となったもの。
短い時間の訪問であったが、紙の文化的な役割、近代文明発展の担い手となっている紙の存在について、改めて知る貴重な体験であった。これは、このときの印象。

○ 紙の博物館所在地:〒114-0002 東京都北区王子 1-1-3
HP: https://papermuseum.jp/ja/

♣ 展示の概要と魅力

paper museum- illust x18 館内は、多様な美術品や記念資料を展示するエントランスホール、現代日本の製紙産業の現paper museum- machine x05.JPG状や機械・原料・製品などを紹介する「現代の製紙産業コーナー」、紙の性質や製造過程を紹介する「紙の教室」、内外の紙の歴史、特に、和紙の技術発展について展示する「紙の歴史」コーナーとなっている。また、日本の製紙産業の成立を象徴する歴史記念物を集めた展示コーナーも設けられている。
このうち最も印象的であったのは、和紙の歴史を含めpaper museum- Peoducts x02.JPGた「歴史展示」ではあったが、「現代の製紙産業」で見られた産業機械や紙パルプの加工工程、古紙のリサイクル、用紙以外の紙製品の多様さにも驚かされた。また、館内には、研修室や図書館なども併設されていて、紙づくりの実習もできるなど学習の場としても使用されることも多いという。
展示物の詳しい内容は、次のようであった。

♣ エントランスホールの美術記念品展示

paper museum- illust x16.JPG このコーナーを飾る第一のモニュメントは、日本ではじめて「紙」文化を導入paper museum- history x05したとされる「聖徳太子像」である。超大判の手すき紙に奥田元宋画伯が描いたもので、美術的価値が非常に高い。また、明治期、衣服のボロをこの釜で煮て紙の原料にしていたという「ボロ蒸煮釜」が、日本の本格的製紙業の曙を語る記念物として展示してある。こpaper museum- machine x04の脇には、ミュージアムショップがあって、折り紙や紙細工、人形などが陳列されていて購入できる。

♣ 現代の製紙産業の仕組みと製品

paper museum- machine x03 この展示コーナーでは、現在の製紙産業において使用されている各種の原料・素材、製造工程を示す機械、多様な紙の形態やその製品などが、現物、模型、パネルなどによる多彩な形で紹介されている。まず、第一に目にできるのは、中央に飾られた大きなpaper museum- Recycle x03製紙機械「ポケットグラインダー」である。これは紙の原料となる木材をすりおろし繊維にする機械で、昭和30年代頃使われていた。また、その脇には模型ではあるが、木材を煮沸して紙繊維を取り出す「蒸解釜」(カミヤ式連続蒸解釜)が展示されている。これらは1970年代に盛んに使われた歴史的な製紙用機械であるという。また、現在paper museum- machine x02の製紙工程を示す連続抄紙製造工程を示す小型の模型も展示してあって、製紙産業機械の変遷をみることができる。
また、製紙原料は、当初揺籃期には“木綿ボロ”や“麦わら“を使っていたが、大量生産のため木材パルプが使われるようになり、針葉樹から広葉樹へ、そして国内材から輸入木材へ、そして現在は60%が古紙による生産となっている。この原料変化の過程も、パネルと現物を合わせて展示されていて、近代製紙業の発展の過程を実感できる。
しかし、なんといっても興味深いのは、紙製品の多彩な形態であった。広く使われる印刷paper museum- Peoducts x01紙、新聞紙、包装紙、段ボールのほか、いろいろな形の和紙、儀式に使われる「紙布」、美術用の皮紙「金唐皮紙」、そして、紙の絶縁性と吸液性に着目した電子機器の基板「積層板原紙」など、如何に広く“紙“が現代社会に必須の製品として使われているかわかる。紙としては、印刷紙や段ボール紙か頭になかった私にとっては、一つの驚きであった。この博物館は、紙と社会文化の深い関わりを感じさせてくるものであった。

♣ 紙の普及と発展を伝える「紙の歴史」と和紙の世界

paper museum- illust x12 歴史コーナでは、紙以前の書写材料の紹介からはじめて、紙の誕生と伝播過程、paper museum- history x03そして、手作業ではじまる職業としての“手漉き“製紙から近代的製紙産業への発展過程を世界的な視野で展示してある。とくに、日本の和紙の製法・技術がどのように導入され、その独自性と共に発展してきたか、明治以降の製紙産業の発展がどのような形で形成されてきたかを詳しく解説しているのが興味深い。
paper museum- history x12.JPG まず、粘土板や木片、石材を使った紙以前の記録材料が使われていたかを示す展示が最初に紹介され、これが羊皮紙やパピレスそして、紙が中国で発明され世界に普及していったことがパネルと現物で詳しく述べられている。また、この紙の普及が、中世以降広く経典や訓令、絵画や書状に用いられ、社会、政治、文化に大きなpaper museum- history x07.JPG影響を及ぼしてきたかも示されている。paper museum- history x08
日本に「紙」がもたらされたのは、聖徳太子の時期7世紀ころといわれている。そして、律令制のもとで「紙すき」が行われるようになり全国に普及するようになった。10世紀平安時代には、「紙屋院」(一種のpaper museum- Washi x09製紙技術センター)がつくられ、製造技術も進み、各種の装飾紙や絵巻物もつくられていったという。これらは上層貴族の間でのみ珍重された高価なものであったが、紙が社会に広がっていったことを暗示させる。やがて、中世、鎌倉、桃山時代になると、和紙の技術も進展し沢山の紙が作られるようになり書状などに広く使われ需要が広がった。さらに各地で独自の和紙が製造されるようになり、美濃紙、吉野紙など特産品化paper museum- Washi x08も進んだ。
江戸時代は、紙使用の一般化の時代であった。多くの藩が専売品としての紙の生産を奨励して生産量が増えると同時に、都市部での木版刷りの印刷用紙、安価な半紙、千代紙や包装紙、そして障子紙、さらには傘や合羽などの衣料品にまで使用が広がっていった。また、美術品としての紙の需要も増えている。これらが、現物や模造品、サンプルのほpaper museum- illust x11か、パネルや写真、錦絵などで展示されていて、この時代、紙が生活に欠かせない加工素材に発展していった様子がわかる。
また、このコーナーには、日本式和紙の製造工程や技術の変化を伝える展示が数多く陳列されており、興味をそそらせる。また、和紙の各種技法も紹介されていて参考になる。

♣ 伝統的和紙から近代製紙への道>

paper museum- illust x05 手作りの和紙製造から、明治以降の近代的製紙産業形成へ向かう産業過程のpaper museum- history x09展示も面白い。日本における近代製紙産業成立の契機は、明治の実業家・渋沢栄一が設立に関わった「抄紙会社」で、この博物館の所在する東京・王子の地であった。教育や技術の向上、社会知識涵養のため印刷しやすい西洋紙(抄紙)を大量に生産するため計画されたものである。当初は「木綿ボロ」などを原料としていたが、1890年代、原料を木材パルプに転換し、施設を大型にすることで大幅な発展を遂げることが出来たという。これにより、社会的需要の高まりと相まって製紙産業は躍進し、1930年代には、生産量100万トpaper museum- machine x01ンに達した。製紙工場も各地に建設される、この時期になると、産業としては和紙生産は後退し、完全に西洋紙の世界に転換している。 第二次世界大戦では、産業としての製紙は壊滅的な打撃を受けるが、戦後は、経済の急成長に呼応して社会paper museum- Peoducts x03.JPG的需要の高まり、製紙業は、設備と技術の大幅な革新をはかり、単なる用紙だけでなく、段ボールや種々の加工品生産を含めて生産が拡大している。1985年には2000万トンの紙が生産され製紙産業としても成熟していく。これには、原料転換、パルプ製法の変革、製紙機械の技術発展、紙品種の多様か多く寄与している。この変革過程は、歴史コーナーの中に展示された年表や写真、模型などで詳しく解説されている。paper museum- Washi x13

paper museum- Washi x02 一方の和紙は、一時衰退したものの、現在は伝統産業として再び脚光を浴びるようになっている。また、地方での特色ある伝統産品としての芸術作品、書道、文化財などで存在感を示しつつある。博物館でも「企画展示」として、各地の伝統和紙の作品と製法を詳しく紹介していた。

♣ 製紙産業勃興期の記念碑paper museum- factory x02

paper museum- history x10 メインの展示コーナと少し離れたところに、明治期、製紙産業の勃興の記念となる記念碑の幾つかが静かに展示されていた。明治初期の製紙会社の一つ「パピールファブリック」工場の透かしの門扉や明治天皇の閘門記念碑、当時の製紙会社の看板などが並んでいて興味深い。

♣ 見学を終えて

paper museum- Logo illudt x01紙の博物館は、紙の多様な役割を教えてくれる貴重な博物館であることを実paper museum- museum x01.JPG感させてくれるものだった。紙は紀元前に中国で発明されて以降様々な形で世界に広まり、日本には7世紀頃伝わっているが、それ以来、和紙の製作技法として多様な発展を遂げてきた。この日本和紙の利用は歴史的に書写材料、画材としてだけでなく、生活用品をして障子紙や襖、照明用具、雨傘や紙衣paper museum- Hall x012JPG.JPGなど幅広く日常生活に活用されていたことを、博物館はよく実感させてくれる。また、このため技術的にも様々な工夫が行われ高度に発展していった様子、現在に至っては、近代製紙産業の発展が紙の生産と需要をさらに高め社会生活に必須な素材となpaper museum- Washi x12っていること、伝統的な和紙が生産量は減少しつつも文化的な役割を高めていることなど、紙と社会に関する歴史的な関わりを感じさせてくれた貴重な訪問であった。また、博物館のエントリーホールには、折り紙や紙人形、紙細工など紙の多様な工芸品も豊富に並んでいて、日本の文化、工芸の一環を見るようで楽しかった。paper museum- illust x13

(了)


(Reference)