浜松のスズキ歴史館を訪ねる

自動織機からバイク、そして自動車への成長軌跡をみる

SuzukiM- logox01 久しぶりに浜松へ行ってきた。ここへ来て改めて、バイクの世界的メーカー ホンSuzukiM- View01ダ、スズキ、ヤマハの三社は静岡県浜松地区周辺で生まれたことを再認識した。また、軽自動車部門でも、スズキはアジアで大きなシェアを握り、特にインドではスズキの名はよく知られている。これら日本の二輪車、軽自動車メーカーの発展を、“スズキ”の事業展開を軸に紹介しているのが浜松市にある「スズキ歴史館」である。この2009年に誕生した歴史館には、スズキが、明治期に織機機SuzukiM- View02械製作として創業して以来、戦後、二輪車部門に転換して発展し、軽自動車部門にも進出して世界的なメーカーに進化していった軌跡が集約されて展示されている。日本の二輪車産業、自動車産業、ひいては機械産業の発展をみる上でも興味深い企業博物館であった。

 

◊ スズキ歴史館 HP https://www.suzuki-rekishikan.jp/index.html

 

♣ 歴史館の展示概要は・・・・

SuzukiM- logox09 歴史館内の展示は、スズキの事業展開の経過に沿って構成されている。SuzukiM- View03まず、初代鈴木道雄が「足踏み式織機」を考案し、これを基に創業して織機製作を軸に発展させてきた経緯が、実物の織機を交えて展示されている。次のコーナーでは、戦後、織機市場が縮小する中、新しく市場が開けつつあった二輪車・オートバイ事業に進出して成長してきた様子が、歴代のバイクモデルを紹介SuzukiM- person04することで紹介される。さらに、1960年代以降、軽自動車部門に事業進出し、生活スタイルの変化に併せて市場を拡大さSuzukiM- bike05せてきたことも、製品を年代別にアレンジしながら展示してある。また、スズキの現在のバイク・自動車の開発・企画・デザインの姿、生産組み立て工程の実演などの紹介や海外市場で活躍する姿もアジア・コーナーで紹介されていて興味深い。展示の内容を詳しくみてみよう。

♣ スズキの織機メーカーとしての創業と発展

SuzukiM- person01 このコーナーでは、創業期のスズキの事業が「杼箱上下器」を搭載した鈴木式SuzukiM- Loom01織機の発展と結びつけて紹介している。創業者の鈴木道雄は、若い頃大工店に弟子入りした後、「杼箱が上下する」足踏み式織機を発明し、これを基に1909年「鈴木式織機株式会社」を設立する。また、その後自動織機を次々に開発して業績を伸ばして事業を発SuzukiM- Loom02展させる。また、「鈴木式」は格子柄を効率よく織る「A⽚側4梃杼織機」で、海外、特にインドネシアなどの「サロン」織りに適していたため、昭和期、この分野での先進メーカーとして市場を海外にも広げている。

一方、1930年代には、繊維機械の技術を生かした自動車開発への意欲もみせている(この辺の展開はトヨタとも類似点がある)歴史館では、この創業期の有様を、鈴木道雄のエピソードともに、当時開発した織機の数々を実物が展示されている。

♣ 二輪車への事業転換と発展・進化

SuzukiM- logox03 昭和10年代、事業は大きく広がったものの戦争下で被害を受けたスズキはSuzukiM- bike01事業転換を迫られる。ここで登場したのが、繊維機械と自動車エンジン開発の技術も活用した自動二輪車の開発であった。戦災で破壊された工場のわずかな資材を基に作ったのが、スズキ初のモーターバイク「パワーフリー号」(1951年発売)。これは、先発SuzukiM- bike02のホンダのバイクとともに自転車に簡易補助エンジンをつけたもので安価で利用価値が高かったため売り上げが非常に好調だったという。この開発を主導したのは創業者の二代目鈴木俊三であっSuzukiM- bike03た。歴史館では、この現物を俊三氏の胸像とともに展示している。スズキは、この自転車バイクを基礎に次々と新たなバイクを開発するが、この初期のバイク群が年次を追って展示されている。この中には、初の本格的オートバイ製作となった「コレダ号90cc」(1954年)SuzukiM- bike07 SuzukiM- bike04やマン島TTレースで優勝したスズキRM63、1953年日本を縦断走行したダイヤモンドフリー号の実車、も含まれている。一方、バイク事業の発展にともなって会社名も、この時期「スズキ自動車株式会社」と変更している。

 

♣ 軽自動車への挑戦と成長

SuzukiM- Illust02 さらに1950年代には、戦前の経験も生かして自動車分野にも本格参入すSuzukiM- car01る。このとき作られたのが日本発の軽自動車「スズライト」(1955年)で、当時の日本の経済事情と消費志向に合わせた秀作であった。歴史館では、このスズライト開発の逸話が等身大モデルを使って再現されている。また、当時の家庭に軽自動車がSuzukiM- car10どのように受け入れられていったかも示すコーナーもあって興味深い構成となっている。
この軽自動車は、二代目、三台目となって多様化と改良が続けられ、セダンだけでなくライトバンやSV、軽トラックなどにも活用され、また、軽自動車の技術が進化する中で、市場拡大が進む様子が数多く紹介されている。この中でも、1970年の「スズキジムニSuzukiM- car02 SuzukiM- car03 SuzukiM- car04ー」は新しいタイプの自動車の投入であった。また、1979年の「アルト」、1983年の「カルタス」、1991年の軽スポーツカー「カプチーノ」などが、訪問者の目を引く。

<オートバイ製作の進化>

こういった軽自動車での開発が進行する中、二輪車オートバイの技術発展、市場拡大、販 売・輸出の拡大も著しく、オートバイメーカーとしてのスズキの名は、SuzukiM- bike06国内のみならずアジアSuzukiM- bike08市場でも不動のものとなっている。展示では、この市場拡大の中で開発された多様な先進的バイクSuzukiM- logox12.JPGがフローァいっぱいに展示されてあった。1960年のT350、1978年のGS750E、1982年のGSX400FS インパルス、1986年のハスラー50(TS50)、1991年のバンディット400Vなどが並んで展示されている。

 

♣ 世界的軽自動車製作メーカーへの道

SuzukiM- logox06 1900年代以降の目立った動きは、軽ハイトワゴンのパイオニアでもある「ワゴSuzukiM- car07ンR」、世界戦略車「スイフト」など投入のほか、アジア市場の開発拡大があげられる。これらは日本における軽自動車の開発の歴史そのものであった。スズキが日本のみならず世界の軽自動車の一角をリードしてきたことがうかがえる。 歴史館では、新しい四輪車の開発として、1987年の「フロンSuzukiM- car08SuzukiM- car11テ」(インド・中国・パキスタン生産車と同型車)、1987年の「カルタス」(ハンガリー・インド・中国生産車と同型車)や、三代目アルト(1990)、MRワゴン(2001)、スイフト(2004)など、多様な機種があり、これらがところ狭し並んでいる様子は圧巻である。SuzukiM- View04
また、歴史館の別コーナー「ワールド・アドベンチャー」では、スズキが世界へ市場を広げている様子、海外拠点の様子やアジアの文化や歴史の紹介を多言語で表示していて、いかにアジア市場に注力しているかを感じさせる展示が並んでいる。

 ♣ スズキの技術開発の現場を見せる「工程展示」

SuzukiM- Illust04 歴史館では、スズキの現在の二輪車、四輪車の開発・製作過程をわかりやすSuzukiM- Process01く実物大で展示している点でもユニークである。 まず、新しい開発機種の選定やデザイン決定の現場、クレーモデルや構造体の製作、自動車の品質管理や安全装置の仕組み、実際の自動車生産ラインでの作業過程、こういったものが動態モSuzukiM- Process02デルで順序よく展示されており、実際に車の設計・生産がどのようになされるかがよくわかる構成である。

マツダやトヨタの博物館で同様の展示をかつて見たことがあるが、スズキの展示はコンパクトで非常にわかりやすい気がした。200年代に開館した新しい企業博物館だけに、内容が充実しているように思える。

訪問の後で・・・

―機械産業インキュベーター・浜松を考えつつ・・・

SuzukiM- logox11 スズキを産んだ浜松周辺の中部地域は、歴史上機械産業の最も盛んなところSuzukiM- View09としても知られる。楽器製造からバイク生産でも知られるヤマハ、自動車の世界メーカーとなっているホンダ、そして世界の自動車産業をリードするトヨタ、これらは皆、浜松から名古屋にかけての地域に派生した世界的企業である。電子・光学メーカーでは浜松ホトニクスも知られた存在である。これだけの機械産業が集積して発展した地域も世界で珍しいかもしれない。また、トSuzukiM- View11 SuzukiM- View10ヨタもスズキも織物機械製作から起業し、二輪車・自動車産業に転換して発展している点で共通している。ヤマハは明治期にオルガン作りから始めて総合音楽・楽器メーカーに発展するが、同時にヤマハ発動機を戦後発足させオートバイ、船外機なども手がけ発展している。ホンダは簡易自転車バイクから自動車メーカーへと転身して成功、現在は航空機部門にまで進出している。

<浜松・愛知を中心とした技術起業家のルーツ>

SuzukiM- Illust01  浜松市によれば、これら活発な産業のルーツは、「遠く江⼾時代までさかのぼSuzukiM- View13り、当時の織物、製材、⽊⼯加⼯産業が浜松の基盤を作りあげ、さまざまな機械を開発した発明家や事業を起こす起業家が相次で誕⽣した」ことにあるという。そして、明治以降、地域で盛んになった織物産業を基礎にして織機、⾃動織機生産への発展、そして自動車生産に乗る出した経過が見て取れる。また、ヤマハは、当時盛んであった木工技術を楽器製造に結びつけ発SuzukiM- person10 SuzukiM- person09展してきた経緯があるし、ヤマハやホンダは、戦前、機械産業で培った技術が応用され、戦中のエンジン開発に携わった技術者達が、バイク生産に乗り出した。考えてみると、トヨタやスズキも、そしてヤマハも地域でこういった共通のルーツを持っている。

 

SuzukiM- logox13 ここで特徴付けられるのは、地域の伝統技術の伝承・発展と近代産業の強い結びつき、これを基礎とした勇気ある技術起業家群誕生の歴史でもあったように思える。⼭葉寅楠(ヤマハの創業者)、鈴木道雄(スズキの創 業者)、豊田佐吉(トヨタの創業者)、本田宗一郎(ホンダ創業者)、河合小市(河合楽器創業者)などがこの代表にあげられるだろう。また、これら創業者の理念が過去の歴史にとどまることなく、現代の技術を培った匠の技とともに発展させ先進的な機械産業へと転身している。この地域全体が世界を視野においた産業文化の振興、技術伝統の維持発SuzukiM- View15 SuzukiM- View14展を社会目標にしているように思えた。ヤマハやカワイが協力して開設しいたとも思われる浜松市の「世界楽器博物館」や数々の産業施設・博物館存在などもその例の一つであろう。 これらのことを実感させてくれた一つが「スズキ歴史館」であった。今回は、スズキのみであったが、近いうちに名古屋市の「トヨタ産業技術館」、ホンダの浜松市の「技術伝承館」なども再度訪ね記事にしてみようと考えている。

(了)

参考文献: