日産横浜工場と「日産エンジン博物館」を訪問

 ―日産自動車の歴史背景とエンジン技術開発の行方を探る

Nissan E- Logo x001 日産自動車は、現在、幾つかの経営上の課題を抱えているが、日本の自動車産業Nissan E- Overview x001発展の経過において常に重要な役割を果たしてきたことは確かである。特に、技術面では業界をリードする立場にあったと評価される。この日産の発展と盛衰の歴史の一角を示す博物館が横浜にあるというので先日訪ねてきた。名前は日産「エンジン博物館」である。日産は、1930年代、横浜に最初の組立工場を建設するが、この記念すべNissan E- engines x002き「横浜工場」の社屋を利用して博物館としてオープンさせたのがこの博物館。 博物館には、歴代の自動車エンジンの実物とその技術の詳しい解説、そして日産の創業・発展の歴史を示す写真・パネル多数が展示してある。日産の技術開発への取り組みの熱意と工夫が伝わってくる。日産のみならず自動車企業全体の歴史的発展をみる上で非常に参考になる内容である。

○日産自動車エンジンミュージアム所在地:〒220-8623 神奈川県横浜市神奈川区宝町2番地
http://www.nissan.co.jp/AP-CONTENTS/POSTOFFICE/ANSWERS/13246.html

♣  エンジン博物館の展示概要

Nissan E- illust x003 博物館では、日産の生産技術、特に先進的な自動車エンジン技術開発の歴史を紹介Nissan E- engines x004することを主眼としているが、同時に、日産自動車の発展の歴史も詳しく伝えている。 まず、エンジンの展示では、初期の「7型エンジン」(1935)から、戦後1960年代の発展期のエンジン、80年代の排気対策型エンジンや経済性に優れたディーゼルエンジン、そして、現在のEV対応のエンジンなど、歴Nissan E- engines x003史的な流れに沿った形で30種近くの日産エンジンが詳しい解説とともに展示されている。特に、EVエンジンについては実物のカットモデルも展示してあり早くからEVに取り組んできた日産のこだわりが感じられる。また、展示では、最近におけるエンジン部品の性能、内部構造、Nissan E- history x009ステアリング、サスペンションの構造などがどのように日産が開発し、自動車作りに応用してきたかもモデルで解説されていて興味深い。Nissan E- engines x011 社史展示コーナーでは、横浜が当初からの工場であったころから、この工場の歴史とともに、日産自動車発足当時から今日までの日産の歴史が、写真・年表・パネルなどで紹介され詳しい。日本の自動車史を見る上でも貴重な展示であると思える。 エントランスホールには、日産の歴史的モデルカー「ダットサン」が展示され、往年の車作りを偲ばせるほか、先進的なEV車「リーフ」の最新モデルが飾られており、EV 開発にかける日産の意欲が伝わってくる。

♣   日本の自動車産業の黎明を伝える日産自動車の前史

Nissan E- illust x001 日産自動車自体の創立は1930年代であるが、その前史を見るとはるか以前にさNissan E- cars x003かのぼれる。 そもそもの日本における自動車産業の出発点は、1907年に山羽虎夫が東京自動車製作所で「タクリー号」を生産したことであるといわれる。また、1911年に橋本増治郎が「快進社」を設立し、イギリスから車体を輸入して組み立てた「スイフト号」を生産、1914年には「ダット一号」を生産、これが日産設立の母Nissan E- history x001Nissan E- history x004体一つとなっていく。しかし、当時の日本車の生産・技術能力は乏しく、1930年代からフォード、GMが日本に進出し市場を独占する形になっていた。こういった中で、鮎川義介が、改進社から変わった「ダット自動車製造」を買収して「ダットサン自動車商会」が成立(1932)、そして、同社が石川島自動車製作所と合併、「自動車製造株式会社」となり、後の1934年に「日産自Nissan E- history x012動車株式会社」として正式に創業することとなった。このとき主要車両工場として建設されたのが今回訪れた日産「横浜工場」(1935)である。
このように日産自動車の成立はやや輻輳した関係となっているが、館内に展示されたパネルによって経過は詳しく紹介されている。 一方、米企業による日本の自動車産業の独占を危惧した政府は、自動車製造事業法(1936年)を制定し、国内自動車産業の本格的な育成にNissan E- history x017Nissan E- history x016乗り出した。この流れを受けてトヨタも自動車生産に参入、日産も本格的な自動車生産に乗り出すことになる。特に、政府は日本のメーカーに軍用トラック生産の大半を発注、自動車生産の国産化促進と技術革新をはかっている。また戦時中に軍用機エンジンの設計に関わったエンジニアが身につけた技術が戦後生かされているともいわれている。この一連の動きが、後に自動車生産の発展を促した技術基礎に結びついたといわれている。日産自動車は、こういった中で主力メーカーの一つとして育っていった。この一連の経過は館内展示に詳しい。

♣   パネルにみる戦後の日産自動車の発展

Nissan E- Logo x002 日本の自動車産業は戦後になると、朝鮮特需の恩恵も受けて急速に復活、各Nissan E- history x010社とも設備の更新と近代化を目指していくことになる。そして、いまだ未熟であった1950年代、政府は日本の自動車技術を向上させる目的で欧米との技術導入を推奨、これを受け日産はオースチン社と技術提携(いすゞはヒルマン社、日野はルノー社、トヨタは独自路線)をはかり設備整備と技術革新、規模拡大を目指す。   Nissan E- history x005  その後、日産は1960年に商用車メーカー「民生ディゼル社」を吸収、1966年には乗用車の主力メーカー「プリンス自動車」と合併して現在の日産自動車となっている。この間、自動車業界全体としてもアメリカ式の品質管理、科学的管理法を導入し大幅な質的向上を果たしたことが伝えられている。日産は、1961年、本格的な乗用車生産工場「日産追浜工場」を設立、名車といわれたブルーバード(1962-)、サニー(1973-)、高級車セドリック(1987-)などの乗用車をNissan E- history x014次々と生産していく。また、スポーツカー「フェアレディ」なども生み出し技術の確かさを実証している。

展示では、この発展期における日産の生産体制の強化と技術開発の経過をつぶさに紹介しており、日本における自動車産業の隆盛の一端を伝えている。

<現代の日産の課題>

Nissan E- illust x009 しかし、一方で、1980年代末頃からのバブルの崩壊と販売戦略の失敗などによりNissan E- history x007経営の危機が到来、1990年代にはルノーとの資本提携を迫られ、ルノーのゴーン社長の手で大幅なリストラ政策が実施される(「日産サバイバル・プラン」)。これにより従来の自動車生産体制は大幅な縮減となったが、財務そのものは改善して企業再生の芽は残された形となった。 2000年代には、経営の改善を受けEV車技術開発に注力しつつ現在に至っている。しかし、ゴーン体制下での負の側面も浮上しつつあNissan E- illust x006り未だ経営基盤は揺らいでいると見ざるを得ない。残念ながら、館内展示では現在に至る経営の問題点にはあまり触れていない。しかし、現在の各国で進められている「電気自動車」、「自動運転化」に向けて先進的に挑戦を続けている日産技術の姿は余すところなく伝えられている。今後の自動車業界が進むべき道の一端を示しているといえよう。

♣    展示にみる日産エンジンの先進性とEV車への取り組み

Nissan E- illust x012 先に見たように、日産がこれまで開発してきた主要な自動車エンジンの実物が館内Nissan E- engines x005に順序よく陳列されているが、これみるとエンジン技術の発展の推移がよくわかる。 まず、展示で見られるのは、1935年にダット自動車製造が製作した「7型」エンジン、容量は700ccと小型だが当時としては革新的なエンジンであった。 戦後、最初に日産が最初に製作したのはNissan E- engines x006「C型」(1953)エンジン、英国のオースチンとの技術提携で製作したOHV式で約1000ccのエンジンであった。初代のサニーに搭載されたのは「A10型」、スポーツ車フェアレディに搭載のエンジン「U20型」、そしてFF車搭載の小型ディーゼルエンジン「CD20型」、日本初のV型6気筒エンジン「VG30DETT型」(1983)などである。これを見ると輸入技術から徐々に純国産技術に移り、容量も性能も向上していることが見て取れる。さらに、1990年Nissan E- engines x007代になると、ルマン・レースに使われたエンジン「VRH35型」(1992)「VRH50」(1999)などのレーシングカーがつくられ強力なターボ機能が実証される。 小型社用のエンジンでは日産ノートに搭載された「HR12DDR型」、ルノーと共同開発したディーゼルエンジン「M9R型」などが新しくお目見えする。 しかしなんといってもハイライトは最近Nissan E- engines x004のEV車「日産リーフ」の新型エンジンであろう。これについては、館内にコーナーを設け性能と特徴について詳しい説明がなされている。経営上のつまずきがあるにせよ、日産がエンジン開発において常に日本で先頭に立ち技術力を発揮してきたことは展示でもよく確認できる。とくに、自動車産業が大きくガソリンから電気にシフトしていく中、日産の取り組みは注目に値するものと思われる。

♥  見学のあとで

Nissan E- illust x011   これらのエンジン博物館はもともと⽇産エンジニア教育のために1978年頃からNissan E- engines x015各種エンジン集め始当初は⾮公開の施設だった。その後、2003年4⽉の横浜⼯場に来客用のゲストホールをオープンするにあたり、博物館として⼀般公開し博物館としたもの。 ⽣産エンジンのほかに、試作エンジン、モータースポーツ⽤エンジンがあり、所蔵するのは180機。このうち、エンジンミュージアム内に入れ替えはあるものの、常時展⽰している展示数は28機Nissan E- cars x006ほどであるという。歴史的に貴重な内燃エンジン、その構造・特徴の変化、現在、進化を遂げつつあるEVエンジンなどが一堂に集められ、見物出来るのは非常にありがたい。近年、自動車も環境対策、安全対策、電子化・AI 化が急激に進見つつある中、自動車の心臓部であるエンジンがどのように変化していくのかをみるのは興味深い。Nissan E- cars x007また企業史としても、日産自動車の創業、変転、進化、盛衰を、日産の歴史的拠点であった横浜工場跡の展示の中で確認できるのは貴重であると思えた。先日、東京・晴海で開かれた「東京モーターショウ」に行ってきたが、自動車業界の新しい息吹を感じるとともに、将来の日産自動車の新しい取り組みどのようになされるか非常に気になった。その意味でも、今回の日産エンジン博物館訪問は貴重な機会を提供してくれたと思う。

(了)

Reference:

  • 「日本自動車史」佐々木烈 (三樹書房)
  • 日産横浜工場|工場の紹介|ようこそ、日産の工場へ   https://www.nissan-global.com › ENGINEMUSEUM
  • 日本国内の自動車博物館10選| https://car-moby.jp/163833
  • ⾃動⾞誕⽣から今⽇までの⾃動⾞史(前編)(後編)https://gazoo.com/article/car_history/130530_1.html
  • ⽇産エンジン博物館 https://ja.wikipedia.org/wiki/⽇産エンジン博物
  • ⽇産⾃動⾞横浜⼯場 https://ja.wikipedia.org/wiki/⽇産⾃動⾞横浜工場
  • ⽇産のエンジンの歴史を⾒てみよう︕ダットサンから… https://cargeek.jp/12368
  • ⽇産⾃動⾞の経営戦略失敗 https://management-strategy.net/NISSAN/