―日本のカバン・メーカー“ACE”の圧巻のカバンコレクションー
現在、旅行となると必須なのはカバンとスーツケース。古来よ
り人は旅をするために必要な携行用具を様々に工夫してきた。袋状のものや箱形の携行具、肩提げの篭や腰につける巾着、大型の葛籠状のもの、そして、現代ではリックやスーツケース、キャリングケースなど種類に枚挙に暇がない。この博物館は、これらを時代別、国地域別に集め展示していて非
常に面白くためになる。私も、先日、この博物館を訪問して見学してきた。日本の古い運搬具をはじめ、西洋の18,9世紀の旅行具、現代のブランドバッグなどが多く展示してあり大変に興味深いものであった。 また、博物館は、日本のスーツケース・メーカー”ACE”社の沿革も紹介しており、日本のカバン産業の発展をみる上でも貴重である。
(Access point to the Museum)
世界カバン博物館 “World Bag and Luggage Museum” of “ACE”
Komagata1-8-10, Taito Ward, Tokyo 111-0043
https://www.ace.jp/museum/
♣ カバン博物館の展示内容は
館内は「カバンの歴史」、「カバンのひみつ」「世界のカバン」「著名人の愛用カバン」といった順序で展示されている。「歴史」では、カバンの起
源からその形と機能の変化、「ひみつ」では、その素材や特性、製作工程、「世界」では、日本はじめ、ヨーロッパ、アメリカ、アフリカなどの特性あるカバンの形とその社会性が紹介してある。また、「愛用」では、著名なスポーツ選手、文化人の愛用したカバンがサイン入りで展示してあるのが目につく。その展示内容を順次紹介してみよう。
<世界のカバンの歴史>
博物館では、「カバンの歴史」をバッグの見本写真と年表パネルで
詳しく紹介している。 これによれば、紀元前のアッシリア時代に袋型と箱状の携行具を使う人のレリーフが彫られていて、これがバッグの原型とみられている。また、古代エジプトで大木の幹をくりぬいてナイル川を船で運ぶトラン
ク状のものも記録されている。古代ギリシャでは日常小物を小袋に入れ腰でつるしたものもみられるという(ポシェット、ハンドバックの原型?)。
しかし、本格的な「カバン」の登場は15世紀のルネッサンス時代以降で、底を平たくし上部を丸くして取手をつけた旅行カバンが作られたのがはじめである。また、この頃、衣服にポケットがない女性用に腰に提げるポシェット(シャトレーン)が生まれ、これがハンドバックに発展したとされる。 さらにナポレオン時代なると背負い型のカバンが兵士の背
嚢として誕生する(現在のリックサック、日本のランドセルへ)
素材面で興味深いのは、19世紀になって皮材を腐らせずに柔軟性をもたせる「なめし革」製作の技術が発展したことであるという。これにより、当時馬具を作っていた職人がカバン作りを始め、強靱で格調の高いバックが製作して上流階級の愛用するところとなり、革製高級バッグが一挙に普及した。(高級バッグ・ブランドのヘルメスも元は馬具職人が作った会社という)さらに、近代になると、産業革命後の技術開発によりより多くの素材がバッグに使われるようになり、価格も低下してバッグが工業製品として広く一般に使われる時代となる。交通機関の
発展による旅行の広がりも、カバンの普及に拍車をかけた。トランクの普及もこのころである(ワードローブ・トランクの出現。 ルイブトンノは旅行用のワードローブを発売して大評判をえて今日に至っている)。旅行用に女性用のハンドバッグも普及し多様化する。
さらに時代が進むと、ビジネス用のアタッシュケース、旅行用小型トランク、スーツケース、女性用のバニティー・バッグや外出用バッグなど、使用目的に合わせた多様なバッグが盛んに使われるようになる。また、バッグが単に携行品の入れる道具からファッション性を高めた美的なデザインも追求されることとなる。カバン業界も一つの産業分野として成熟するのもこの頃である。
その後は、素材面ではプラスチック、ナイロン、さらに炭素繊維なども用いられようになり、機能面ではファスナーの誕生と応用など技術開発が進んで、カバンが日常的に使われる必需品となっていった。さらにカバンは強靱で耐久性の高いものの開発が進められ、
宇宙探査にも使われるようになった(1960年代、月面の石を運んだトランクの存在は記憶に新しい)。これらの技術は現在も生かされ、海外旅行や登山、極地行動などにも「応用されているという。また、身の回りをみても多様で機能性に富んだバッグが、現在非常に多くみられるようになっている。
この歴史展示をみてくると、カバンの歴史の成り立ち、現在のバッグの技術開発や普及状況がよくわかる。
<日本における古来のカバンの来歴>
博物館年表では、日本のカバン、携帯道具の歴史も詳しく説明がなされている。これを他の資料も参考にしながら見てみよう
。 日本の「携行道具・カバン」についてはすでに古事記などにも記録が残っている。まず、上代における「大國主」の“袋”(上刺袋)があげられている。また、7世紀推古天皇の時代に冠の形をした「頂袋」といったものもみられるという。さらに12
世紀には武具袋、火打ち袋という道具も出現し、鎌倉時代以降武家の間で広く使われた。いずれも素材を別にして袋状のもので、日本の携行道具の特徴をなしている
江戸時代になると、また、四角の布を使った「風呂敷」、布袋をひもでくくった「巾着」が普及し、また、箱形の小物入れ、銭入れ、たばこ入れ、大型の荷物具「長持ち」、肩にかける「挟箱」、といった多様な物入れも登場している。「信玄袋」「千代田袋」といったものも広く普及している。これらの見本は博物館の展示棚に多く展示されている。
しかし、今日みられる近代的なカバンの姿(バッグ)が登場するのは、明治以降である。1873年、大阪の山城屋和助がフランス唐持ち帰った牛革カバンを参考に森田直七が作ったのが日本における西洋式カバンの最初であるという。これは1877年の第一回内国勧業博覧会に出品されている。その後、「カバン」を普及させるに当たって谷澤禎三が、1987年、カバンを
「鞄」(“皮”と“包”を組み合わせた和製漢字)と名付けて売り出している(現在の“銀座タニザワ”創業者)。これをきっかけに日本でも鞄メーカーが多く設立され、それ以降、西洋式鞄(バッグ)が携行用具の主流となっている。 一方、江戸時代以来、兵庫の豊岡を中心に作られていた「柳行李」も西洋式トランクの代わりとして広く使用された。こうして、日本では、和式と様式が混じり合う形で携行用具
が発達していったという。
こういった中で、1960年代以降、エースの創業者新川柳作がナイロン素材を使い、西洋メーカーに劣らない品質のバッグを開発し、また、サムソナイトと共同で日本独自のスーツケースを製作し海外にも輸出できるようになった。これらが日本のカバン業界にもたらした攻勢期は大きい。同博物館には、この新川の事績とエース社の発展を示す特別展示コーナーが設けられているが、日本における鞄業界の発展の姿を映すものといえるだろう。
♣ カバンの構造と特徴のひみつ
このコーナーでは、カバン、特にスーツケースの構造上の特徴や内容、その機能性と堅牢性について、その分解モデルを展示して解説している。
そして、フレームやロック機能、車輪や構造体、素材など、現在のスーツケースがどのように進化してきたかが示されている。
また、ビデオ映像も用意されており、工場でのスーツケースの製作過程がよくわかる構成となっている。バッグの基本理解には必須であると思えた。
♣ 多様な世界のカバン・コレクション
このセクションは、カバンの歴史と対となる展示で、世界の各地域でどのようなバッグが作られ、どのような機能と使用目的で使われてきたかが示されている。また、どのような仕様とデザインのカバンが普及し好まれてきたかを、社会文化的な背景とともに解説している興味ある展示コーナーである。展示は、ヨーロッパ、アメリカ、アジア、オセアニア、アフリカの地域別構成になっており、それぞれの地域の特徴と作られた年代が付されている。展示内容を確認してみよう。
<ヨーロッパ、アメリカのカバン>
19世紀、西欧世界で交通機関の発展と旅行が一般化する中で、どのような機能とデザインのカバンが登場し、流行していったか
が展示の中心である。まず、長期旅行に携行されたワードローブ・トランク、いろんなデザインの婦人用ハンドバッグ、革製のビジネスバッグ、スポーツ用のカジュアルバッグ、アタッシュケース、そし
て、現在の旅行ボストンバッグやスーツケースなどである。展示数、種類においては一番多く、また、デザインも多様である。
<アジアのカバン>
アジアの特徴は、その素材の多様さとデザインの斬新さが目立っている。
中国では、皮材のほか布地のものが多く、タイやベトナムなど東南アジアでは、土地の材料(動物の皮や竹材、麻や茅芦など)を使った肩提げの袋状のカバンやポーチ、非常にカラフルなデザインのものが多いようだ。展示では、各地の少数民族の身につける多様なバッグ状のものが数多く展示されている様子がみられる。
<日本のカバン>
同じアジアであるが、当然のことながら日本の展示するバッグやカバンの展示は特に詳しい。江戸時代に多く使われた「はさみ箱」、薬草入れ、
たばこ入れ、柳行李、長持ち、信玄袋、銭函、巾着など多様な携帯の展示がみられる。もっとも明治以降は、西洋式のカバンが伝統的なものを凌駕して普及しているので、展示もそれにしたがって欧米風のデザインによる日本製カバンが多数を占める。しかし、日本独自の工芸デザインのバッグもあって展示内容は興味深い。
<アフリカ・オセアニアのカバン>
アフリカ・オセアニアのカバン展示は、独特のデザインと素材、バッグ
類の身に付け方があって非常に面白い、文化的にみても独自性を持ったバッグ類にあふれている。首からさげるものやお椀状の手提げ、バンダナスで編んだカゴなどが展示されており、これに特徴のある模様などが施されている。見るからに楽しい展示である。
♣ 著名人の愛用カバン
博物館では、スポーツ、文化芸術など各界の著名人から寄贈された愛
用のカバンを特別展示として公開している。このカバン類をみることで、それぞれの人の生活スタイルや活躍の軌跡などが思い浮かばれて、非常に思い出深い。 展示では、野球の長嶋茂雄、冒険家の三浦雄一郎、作家の吉川英治、フィギアーの羽生弓弦、柔道の山下泰裕、バイオリストのドロシー・ハイトラー、などの名前がみられる。
♣ 新川柳作記念館の展示
博物館では、エース社の創業者である新川柳作の生い立ちと社の発展
を年譜で紹介する特別コーナー「新川柳作記念館」も設けている。ここでは、柳作が1915年石川県の貧しい家に生まれた柳作が、少年のころ酒屋の丁稚奉公で働き、後にカバン卸業商店につとめて商売の基礎とカバン作りを学んだこと、1941年に自らカバン製造業を立ち上げたこと、
1954年に日本で初のナイロン製のカバンを開発して日本の有力なカバンメーカーとして発展させていったことなど、幼年期の苦労と創業者精神、品質にこだわったカバン作りの精神が詳しく展示されている。
そして、1963年には、エース社と名を替えて米国サムソナイトとも業務提携してスーツケースにも乗り出し、国内だけでなく海外へも製本を輸出する発展期の経過を、当時の製品群とともに紹介している。ここには伝統的なカバン作りから成熟したデザインの工業製品へと進んでいったエース社の軌跡だけでなく、日本全体の業界の発展もうかがうことが出来る。また、新川柳作氏の経営哲学、品質へのこだわり、社会貢献への姿勢なども紹介されていて参考になる。
の名前がみられる。
♣ 訪問の後で・・・
この世界カバン博物館は、エース社の75周年記念、創業者の生誕100
周年を記念して2015年にオープンしたもので、創業者新川氏が、世界各国から長い期間かかって収集した多数のバッグコレクションを中心として、カバンの歴史、デザイン、その作られた社会背景を紹介したもので、誠に貴重な文化遺産であると思えた。特に、世界各国の独自の文化や風俗が展示品に反映されていて、カバンという身近な製品を通して世界の生活スタイルの多様性
と価値観、社会的文化的特性を感じることができ、非常に勉強になった。また、カバンという携行道具の使用が太古の昔からの歴史を持ち、社会生活の変化とともに多様な形で発展してきたことが改めて感じられた。誠に楽しい博物館であった。これらの展示物は、エース社の創業者新川氏が、世界各国から長い期間かかって収集した550点以上のカバン・コレクションを基にして公開しているものといわれる。誠に貴重な文化遺産であると思える。
(了)
Reference:
- 世界カバン博物館HP(”World Bag and Luggage Museum” of “ACE”)https://www.ace.jp/museum/
- エース社の歴史:https://www.acejpn.com/
- 日本のカバン史 http://www.bag.or.jp/FASHON/kabansi/index.html
- 鞄(バッグ)の歴史について:https://goldplaza.jp/column/the-history-of-bag
- 一般社団法人 日本かばん協会HP: http://www.kaban.or.jp/gallery.php
- バッグの歴史: https://www.kyoto-wel.com/yomoyama/yomoyama10/010/010.htm
- 銀座タニザワの歴史(Tanizawa Ginza): http://www.ginza-tanizawa.jp//html/page45.html
- Louis Vuittonの世界: https://jp.louisvuitton.com/jpn-jp/articles/retracing-the-trunk
- 豊岡のカバン: https://ja.wikipedia.org/wiki/豊岡鞄
- 「世界の傑作カバン」 (ワールド・ムック―世界の傑作品 – 2004)