筑波・宇宙開発センターを訪問してみた

――筑波で日本の宇宙開発の歴史と現状をみるー

JAXA Tsukuba- illust x01 最近、日本では宇宙探査機「ハヤブサ」による小惑星「りゅうぐう」への着JAXA Tsukuba- outlook x01地成功が大きく報じられている、この10億キロ離れた惑星にピンポイントで着陸させた技術力には感心させられる。こういったことから、今年、筑波の宇宙開発センターを訪問したときのことを思いだした。この宇宙センターには日本が歴代打ち上げた人工衛星、宇宙ステーション、ロケットなどが一堂に展示されていて、日本の宇宙開発JAXA Tsukuba- outlook x03技術の歴史をつぶさに見ることが出来る。この記事は、このときの訪問の印象と日本の宇宙開発への挑戦の姿を写真などで追ったみたものである。関心のある方は、この筑波・宇宙センターを見学することをお薦めする。宇宙航空研究機構JAXAは、2003年、それぞれ独立して活動していた宇宙科学研究所(ISAS)宇宙開発事業団(NASDA)航空宇宙技術研究所(NAL)が統合されて誕生した機関で、筑波の宇宙情報センターは、この下部施設。このため、今回の訪問記録はJAXAの活動を中心とした展示が中心となっている。しかし、90年代までの宇宙衛星の多くは統合前のISASによるものが多く、この成果も同時に紹介している内容。)

♣ 宇宙センター・展示館「スペースドーム」の概要

JAXA Tsukuba- illust x05 宇宙開発センター「展示館」スペースドームでは、1970年代以降「宇宙航空研JAXA Tsukuba- outlook x02究開発機構」JAXA(統合以前ISASのものを含む)が実際に打ち上げた歴代の人工衛星の模型、実物、日本の宇宙ステーション実験室の実物模型、ハヤブサなどの近年の宇宙探査機、これらを打ち上げた数々のロケットのモデル、宇宙からみた地球半球モデルなどが、詳しい解説とともに順序よく展示されている。また、側面に設置された巨大スクリーンには、日本の宇宙船JAXA Tsukuba- rocket x05で観測した気象、地形観察などの結果が映像化されている。これらを丁寧にみることで、他国に遅れてはじまった日本の宇宙開発技術がこれまでどのように発展してきたか、現在の人工衛星の機能や通信システムの発展、これまでの探査技術進化による科学技術の成果などを詳しく観察できる。一見の価値のある宇宙開発展示館であると思われた。

♣ 日本のロケット・宇宙開発技術の黎明期と館内展示

Toyota A- Illust x06 センター内のロケット展示コーナーの一角に長さわずか50センチほどの小JAXA Tsukuba- rocket x04さな灰色のロケットの模型が、巨大なロケット模型の隅に静かに置かれてあった。これは1950年代に実験用に使われた「ペンシルロケット」(実物は長さ23センチ、直径1.8センチ)と呼ばれているもので、この開発とともに日本の宇宙開発、ロケット開発がはじまったとされる象徴的なものである。
JAXA Tsukuba- rocket x02 日本のロケット開発は1930年代から始まっていたが太平洋戦争で中断、その後、日本占領下で長く航空機、ロケットの開発は禁止されていた。そして、1952年のサンフランシスコ条約の締結で初めて日本で解禁され、第一歩がようやく始められることになる。この開発を先導したのが東大の糸川英夫で、1955年、実験用に使われたのが、このおもちゃのような「ペンシルロケット」であった。JAXA Tsukuba- rocket x01

しかし、彼と大学研究チームの手によってロケットの技術開発、改良は急速に進み1958年には、気象観測用に「カッパロケット」が開発され、高度40キロにまで到達、1960年には200キロにまで飛行距離を伸ばしている。また、その後継として開発した「ラムダロケット」により、ロケットは高性能化し高度2000キロに達し、人工衛星を打ち上げJAXA Tsukuba- rocket x03られる水準に到達した。そして、ついにラムダの改良機「ラムダ-4エスロケット」(L-4S)によって、1970年、日本で初めての人工衛星「おおすみ」の打ち上げが成功したのであった。これは、ソ連、アメリカ、フランスに次ぐ世界で4番目の人工衛星打ち上げの快挙であった。筑波のセンターには、この「おおすみ」のモデルは展示してないJAXA Tsukuba- satellite x02が、写真が掲げられている。しかし、ここに至る挑戦と失敗、試行錯誤の連続は壮大のドラマであり、宇宙科学研究所(ISAS)のホームページ「日本の宇宙開発の歴史」で詳しく語られている。 http://spaceinfo.jaxa.jp/ja/japanese_space_projects.html

♣ 日本の科学衛星開発の経過と館内展示

JAXA Tsukuba- moon x01   一方、米ソの宇宙開発、人工衛星の打ち上げははるかに先を行っており、1961年にはソ連が「ボストーク」ガガーリンが初めての宇宙飛行士として地球JAXA Tsukuba- moon x02を一周(「地球は青かった」のメッセージが有名)、1962年にはアメリカが「フレンドシップ」で有人宇宙軌道飛行、そして、1969年には、アメリカが「アポロ11号」で月面着陸に成功、宇宙飛行士を月面に立つという人類初めての偉業がなされている。米ソ冷戦下での軍拡競争との側面を持つ宇宙開発ではあったが、その後の科学JAXA Tsukuba- moon x04技術の進歩、地球観測の発展を飛躍的に高めるもので、宇宙の中の地球という存在を科学の目で確かめる結果となっていったことも確かである。

他方、一周遅れの技術で宇宙開発に参加した日本は、1970年代以降、ロケット性能の高度化を図りつつ、国際技術協力の下で宇宙開発を強力に進めることとなる。この経過は、宇宙センターの展示の中もよく示されている。

<実験用科学衛星の誕生と進化―1970年代―>

JAXA Tsukuba- satellite x01 まず、展示内で目につくのは、1971年に開発が開始され1975年に周航に成功した技術試験衛星「きく1号」の実物展示である。この隣には、やや大JAXA Tsukuba- satellite x13型の「きく3号」(1981年)も展示してある。これらは日本が独自に開発したN-1ロケットによって打ち上げられたものといわる。現在のものと比べると重量80キロの非常に小さな衛星であるが、独力で宇宙軌道に乗せられたのは大きな成果であるといわざるを得ない。これに先立って、1971年に科学衛星「しんせい」(MS-F2)、1972年「電波観測衛星」(M-4S-4)、1974年「たんせい」(MS-T2)、1975年超高層大気観測衛星JAXA Tsukuba- satellite x04JAXA Tsukuba- satellite x03たいよう」、オーロラ観測の「きょっこう」(EXOS-A,1978)) といった科学観測衛星もISASの手で打ち上げられている。こちらの方は実物モデルでなく解説のみがなされている。

 

<多様な発展を見せる1980~90年代以降の科学観測・実験衛星―>

1980年代になると多様な機能をもつ科学衛星が多数登場するようになる。まず、JAXA Tsukuba- satellite x05「たんせい4号」(MS-T4, 1980)に続いて、太陽観測の「ひのとり」(ASTRO-A, JAXA Tsukuba- satellite x061981)、大気観測「おおぞら」(EXOS-C, 1984)、ハレー彗星探査「すいせい」(PLANET-A), 1985)、磁気圏観測の「あけぼの」(EXOS-D)などである、これらはすべて宇宙科学研究所(ISAS)によって打ち上げ、運営観測がなされている。JAXA Tsukuba- satellite x12一方、展示では、NASDAによる技術試験衛星「きく4号」(ETS-III,1982)、衛星同士のドッキング試験を行った「きく7号(おりひめ)」ETS-VII)、小型端末の通信技術開発の「きく8号」(ETS-2006)などを実際にみることができる。これらはNASDA(後にJAXA)によって開発・運用されているもので2011年の東日本大震災の際にも活用された。

さらにセンターには、衛星放送の確立を目指した1990年運用開始の「ゆり3号」(BS-3a), JAXA Tsukuba- satellite x152000年代になっての大気温室効果ガス観測衛星「いぶき」(GOSAT, 2009)、陸域観測技術衛星「だいち」(ALOS, 2006)など多様な衛星の素顔が観察できる。また、これらの観測結果や実際にどのように活用されてJAXA Tsukuba- satellite x16いるかの写真入りの解説がありわかりやすい。  また、2007年に打ち上げた衛星「かぐや」(SELENA)は、月の周回軌道をとる観測衛星で将来の月探査を目指すもので、日本民話「竹取物語」にちなんで名付けられ月世界のロマンを結ぶものとなった。

 

♣ 日本の科学衛星開発と国際協力の姿、そして館内展示

JAXA Tsukuba- illust x08 そして、このセンター展示の中心となっているのは国際宇宙ステーション(ISS)内に設置された日本の実験棟「きぼう」(JEM)の実物大模型である。この国際宇宙スJAXA Tsukuba- ISS x01テーションは、アメリカ、ロシア、日本、カナダが協力して作り上げた地上400kmの宇宙空間に周回する静止宇宙船で、各国の宇宙飛行士が長期滞在して国際的な科学実験を共同で行う施設となっている。1998年に組立が開始され2011年に完成をみた。日本からは、毛利、若狭などすでに多くの宇宙飛行士が滞在して日本棟で科学実験を実施している。JAXA Tsukuba- ISS x02 展示されている「きぼう」は、この実物大モデルで、棟内に実際に入って各装置の実際、実験モジュールの観察、船内船外活動の実際などを体験できる人気のスポットとなっている。また、船外のロボJAXA Tsukuba- satellite x18ットアーム、ステーションとの連結装置などの外観もたしかめることが出来る。この宇宙ステーション維持で重要なことは、物資の補給と宇宙飛行士の交代であると思われる。この補給に使われたのが衛星「こうのとり」(HTV)で、2011年から打ち上げられ運用されている。この実物模型も館内に設置された目を引く展示となっている。筆者も、実験棟に入ってみると思ったより小さかったが、テレビでよく紹介される宇宙飛行士の活動の姿が彷彿とされ感慨深かった。

 

♣ ハヤブサプロジェクトにみる現在日本の宇宙開発の現状と館内展示

JAXA Tsukuba- illust x09 近年、日本の宇宙探査におけるハイライトの一つは、宇宙船「ハヤブサ2」の小惑星「リュウグウ」へのタッチダウン成功であろうか。筑波の宇宙センタJAXA Tsukuba- hayabusa x04ー展示館でも、このハヤブサの模型展示が呼び物の一つになっている。このハヤブサは、2014年に種子島から日本のロケットH-IIAで打ち上げられた。周回軌道を廻って10億キロ離れた小惑星に着陸し、その表土を探査して持ち帰り、2020年に地球に持ち帰るという計画である。2019年7JAXA Tsukuba- hayabusa x03月には小惑星に着地、採取にも成功し現在地球への帰還運行途上であるという。これは、関係者によれば、日本の宇宙衛星操作と通信技術水準の高さを証明し、宇宙へのロマンとかき立てるものと高く評価されている。1955年、他国に遅れて開始された航空宇宙開発が約50年掛かってようやく世界水準に達したものといえるだろう。会場には、この縮尺モデルが解説付きで展示されており、多くの人の注目のもととなっていた。JAXA Tsukuba- hayabusa x11.JPG

これに先立って2003年に打ち上げられ2010年6月に帰還した第一号「はやぶさ」は、小惑星「いとかわ」に到達し表土サンプルを持ち帰っている。これはイオンエンジンの実証試験も行いながらの飛行であったが、帰還運航途上、通信関係のトラブJAXA Tsukuba- hayabusa x08ルが発生、5年以上も行方がつかめない状況が続いた後、無事帰還に成功するというドラマチックな展開になり日本の世論を湧かせた。このため、この探査機の行方を追った映画やドラマも製作されている。最近まで会場には、このハヤブサ1号の模型が展示されてあったが、ハヤブサ2の非常成功で、展示も入れ替わっている。
それにしても、今後、「ハヤブサ2」の帰還が成功すれば、小惑星内の物質から有機物が検出される可能性があり、これが生命起源の謎を解明するためにも役立つとされている。科学的意義も高い探査機といえるだろう。

見学をおえて

JAXA Tsukuba- illust x19.JPG 私が最初に筑波のセンターを訪ねたのは2018年秋であったが、今回の「ハヤブサ2」の着地成功の報を得て改めて訪ねてみたのであった。このときも日本のJAXA Tsukuba- outlook x04宇宙開発に関する関心は高く大勢の見学客が訪れていた。館内では、JAXAのスタッフが展示内容を案内してくれていてわかりやすい。 日本の航空ロケット技術の進化と衛星開発の展開をみるには必須の展示館と思われる。しかし、展示内容はJAXA成立後のものが多く、統合以前の宇宙科学研究所(ISAS)の活動やそれ以前の東大・研究所の歴史的なロケット技術開発の歴史全体をみるのはやや不足を感じたのも事実である。
JAXA Tsukuba- illust x15 それにしても、日本の宇宙開発への取り組みは科学的探求ながらロマンにあふれたものが多く衛星の名前付けにもこれが反映されていて面白い。日本の古来の民話に基づく「かぐや」「はごろも」、また、花や鳥の名前をとった「きく」「ゆり」JAXA Tsukuba- outlook x05「ひまわり」「はやぶさ」などの命名にもこれはみられるだろう。さらに目標とした探査小惑星の名前に、日本の宇宙開発のパイオニア糸川博士にちなんだ「いとかわ」、そして伝説の海の桃源郷「りゅうぐう」など、宇宙世界に歴史とロマンを感じさせるもので感慨深い。 衛星の打ち上げ地である鹿児島の「内之浦」と「種子島」もいつか訪ねてみたいともおもった次第である。それに先だって、神奈川の相模原に同じくJAXAの宇宙科学研究所がアルト知ったので近いうちに訪ねてみようと思っている。

(了)

参考: