ー内外の文房具を集めた珍しい歴史博物館ー
浅草橋近くに筆記用具に関する面白い資料館があると聞いて、先日、訪問して
きた。その名は「日本文具資料館」。内外の事務・教育関係の文具を一堂に集め展示している。古代の筆記道具や歴史資料、中国や日本の毛筆や硯、鉛筆など発展の記録、ペンや万年筆、印章の歴史、さらには計算器具、タイプライターなどの展示もあって勉強になる。そこでは、人類が「記録」という営みに如何に取り組み技術を発
展させてきたかを自覚させてくれる。こじんまりした小さな「資料館」であるが中味は圧巻である。この資料館の紹介と展示より見る「書く道 具」文化発展へのレビューを記してみた。
日本文具史料館所在地:〒113-0033 東京都文京区本郷二丁目7番地1号
HP: http://www.nihon-bungu-shiryoukan.com/02.html
♣ 文具資料館のコレクション
この資料館は、東京・台東区柳橋のビル一階に大手文具メーカーの協力を
得て1980年代に設立されている。平成16年((2004)には、麻布にあった「文具科学館」の展示物による「科学館コーナー」も付加された。
展示物をみると、筆記用具では、世紀前の楔形粘土板、スタイラスといわれる古代のペン、中世の羽根ペン、鉛筆の原形となった黒鉛筆記具などの歴史的な用具が年代毎に丁寧に展示してある。また、珍しいものでは、日本にはじめて伝わった伊達政宗、徳川家康所蔵の「鉛筆」(いずれもレプリカ)なども見られる。中国や日本の古くからの各種の毛筆や硯のコレクションも面白い。鉛筆の形態の変化や発展、インクペンの変化と万年筆の展開、新しい筆記用具としてのフエルトペン、ボールペンなどの誕生・発展の展示は印象的である。
筆記用具のほか、タイプライターや計算用具の変遷を示す展示も充実している。そろばんから手動・電動の計算機、電卓、タイプライターでは手動式から電動へ、そしてワープロ、PCへの進化の技術発展は展示を見る中で実感できる。この中では、日本メーカーの活躍が光っている。また、独自の文字盤を備えた和文タイプライターの存在もユニークである。 このほか、特別展示の「漢倭奴国王の金印」、ぺんてる社が開発した字を書く「ロボット」のデモンストレーション展示も興味深い。
♣ 展示から見る鉛筆の進化と歴史
現代の鉛筆は、黒鉛(炭素の塊)を芯として細長く固めて木製の軸に包んで使用
する筆記具と定義されている。鉛筆が誕生する以前は、鉛や石炭を使用したものが筆記に使われ、鉛の筆(lead pencil)と呼ばれていたという。この原形が作られたのは16世紀のイギリスで、鉱脈から取り出した黒鉛の結晶をそのまま糸や針金で包んで使用されたという。また中世には、スタイラスという尖筆、葦ペン、羽根ペンなどが筆記用に広く
使われていた。 しかし、鉛筆は、その便利さの故に次第に普及して一般的に使用されるまでになっている。この前後に、オランダ経由で輸入されたのが家康や伊達政宗の鉛筆である。鉛筆の技術発展については、特に、画家であったフランス人のコンテが、黒鉛を粘土に混ぜて高温で焼き固める「コンテ法」の発明が大きい。これが工業化されることによって便利な筆
記用具としての地歩が築かれたとされる。その後、鉛筆メーカーの老舗であるドイツのテッドラー社やファーバー社が設立されるに及んで世界の筆記文具として普及する。
日本では、明治以降、真崎鉛筆(現三菱鉛筆)、トンボ鉛筆など数社が設立され、学校教育の普及などに貢献している。「資料館」では、この歴史経過が示す解説付きで豊富に展示してあるほか、鉛筆の製法に関する展示もあり、より身近に鉛筆の知識が得られる。また、多様な鉛筆のスタイル、内外メーカーがこれまで製作してきた各種の鉛筆が展示棚に置かれていて、如何に多彩で種類の豊富な鉛筆が世に存在するかを実感できる。
♣ 毛筆文化の進展と展示>
日本や中国では、古くから筆と墨による書記が広く普及してきた。この起源
は、紀元前四世紀、中国の殷・周時代以前とされるがはっきりしない。日本には、律令時代、7世紀頃に写経のため使われた「天平筆」が最古であるという。「資料館」には、このレプリカが飾られている。その後、日本では、主要な書記用具として、手紙、通達、文書、詩歌の記録などに広
く使われてきた。江戸時代には、硯と毛筆を合体させた携帯用の「矢立て」も作られている。「資料館」には用具としても装飾用具としても使われたこの「矢立て」が
豊富に展示してある。また、硯の展示も見事で、単なる実用具としてだけでなく上流社会の趣向美術品としても珍重されたた様子がうかがえる。
♣ 筆記用具としてのペンと万年筆の発展
「資料館」では、歴史的な筆記用具「ペン」のコレクションも豊富である。7世紀
以降近世まで西欧では長く羽根ペンが使われていた。しかし、ペン先がすぐ摩耗してしまう欠点があった。このため耐久性のある金属のペン先を使う開発が試みられ、1780年代、先端に割れ目を入れた金属のペンが
はじめて登場、1800年代には実用的な金属ペンの開発が進んだ。こういった中で、1809年、イギリスのフレデリック・B・フォルシュが、インキの空気交替を考慮し、インキを貯められるペンを考案し特許を取得する。これがいわゆる「万年筆」の起源である。その後、ウォーターマンが1884年万年筆を発売、また、オノト、パーカー、ペリカン、モンブランなど、現
在
まで続く万年筆メーカーが1900年代に次々と登場している。これに合わせてインクの改良、インク吸入・補充システムの改善などが続き、実用筆記手段としての万年筆が定着していく。これら、歴史的なペン、万年筆の実物、写真、レプリカなどが展示に並んでおり改めてペンと万年筆の発展の歴史を振り返ることができる。
日本に万年筆がもたらされたのは明治28年(1895)。丸善がはじめて輸入した。その後、国産化が試みられ1911年にはセーラー、1916年にはパイロット、1919年にはプラチナが万年筆事業に着手している。これら日本メーカーの歴代の万年筆も数多く展示してあり興味深い。また、日本独自の「蒔絵万年筆」も高級趣向品として演示してあった。
♣ そのほかの事務機器具、文具の展示
この資料館では、筆記用具のほか計算機器具、簡易印刷器具、タイプライター
などが展示されている。江戸時代から現在までのそろばん、計算尺、手動式計算機(タイガー計算機)、電動機械式計算機、各種デジタル計算機、電卓などコンパクトではあるが、計算という科学・技術・事業に欠かせない手段に使われた道具・機械の変遷がよく分かる。
タイプライターは近代社会の欠かせない印字手段であるが、日本では2000余の漢字を使うため独自の展開を見せた。いわゆる和文タイプライターで、1960年代まで使われている。これが後にPCによる仮名漢字変換へと進むが、この原形である「文字盤」印字方式タイプライターが、西洋式タイプライターと並行して展示してあった。事務用品の進化を感じさせる展示である。
ペーパーナイフの展示も面白い。ペーパーナイフは欧米で広く使われているもので、実用のほか美術装飾具として珍重されていた。展示では、世界各国のペーパーナイフが棚に並んでいて、それぞれの国柄が表れている。 珍しい展示では、馬の尾毛50頭から作った「超大筆」、明治時代の「キャッシュレジスター」、江戸時代に使われたカラカミの版木、大水晶印、漢倭奴国王の金印レプリカなどがあり、貴重である。
(見学を終えて)
文具業界団体ビルの一角にあるこぢんまりした資料館ではある、そのコレクシ
ョンは非常に深く広く、印象に残る豊富なものだった。人類が文字を発明し、これを表現する手段としてさまざまな筆記用具を開発し、これを駆使することで社会文明、科学技術の発展に寄与し、書画・絵画などの芸術を表現する「技」を身につけた。この道具としての
「文具」を歴史的に見ることのできる貴重な資料館であることを実感することができた。資料館案内書には、文具を「文化を形にする」道具とあったが、そのことを自覚させる博物館である。少し時間をおいて、新たな視点で「文化と文具の関わり」を考えた後、また訪ねてみようと思う。
(了)
参考:
- 「コレクションから見る文具・人・文化」(日本文具資料館)
- 日本文具資料館案内パンフレット
- 鉛筆の歴史―文具豆知識― クボタ文具店http://kubobun.com/mame/pencil.htm
- 日本文具資料館HP http://www.nihon-bungu-shiryoukan.com/02.html
- 日本文具資料館 展示品一覧
- 筆記具の歴史 http://pastport.jp/user/hiroki0917/筆記具の歴史
- 万年筆の歴史(日本筆記具工業会) http://www.jwima.org/mannehitsu_web/01rekishi/rekishi_nenphou.html
- 三菱鉛筆HP
- トンボ鉛筆HP