―幕末の技術官僚江川の生涯と足跡をみるー
はじめに ー韮山反射炉跡から江川邸へー
この春、伊豆にある韮山反射炉を訪ねた帰り、この反射炉築造に大いに貢献
した江川英龍の旧居を訪ねてみた。江川家は、室町時代から伊豆に拠点を持った武家の家系で、江戸時代には、伊豆韮山を拠点とした「代官」を勤めた有力な家柄である。また、幕末の第36代の英龍の時代には、江戸の海防、対外政策、教育活動などで大いに活躍した。
この江川家の旧邸「江川邸」は、600年以上経った今も建物がそのまま残っていて、現在、日本の重要文化財に指定され、財団法人「江川文庫」が所有となっている。
この建物は、史跡博物館として公開されており、内部には、江川家ゆかりの品々、特に、英龍の生涯と事跡を紹介する資料が豊富に展示されている。この中には、幕末の対外政策に関わる重要資料が多数含まれており貴重な歴史資料館となっている。英龍は、江戸末期、外国からの軍事的脅威が増す中で、蘭学教育塾の開設、品川お台場の築造、韮山の反射炉建設、ディアナ号事件処理などで活躍した人物として知られる。
以下に、「江川邸」を訪問した時にみた邸内の様子、概要、展示、そして、英龍の事跡を追ってみた。世界遺産に指定された韮山反射炉記録の補遺でもある。
参照 :重要文化財江川家住宅(江川邸)所在地:〒410-2143 静岡県伊豆の国市韮山韮山1番地 HP: http://www.egawatei.com/
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♣ 歴史的建造物「江川邸」の概要
現在、歴史的建造物として残っているのは、1600年代に修築された主
屋のほか、書院、仏間、蔵、門、外壁などであり、1958年と1993年に大修復を終え現在に至っている。古い武家屋敷の風貌がそのまま維持されており、時代劇映画の背景場面にもよくこの建物が使われているという。
邸内には、枡形といわれる城郭出入り口、1696年に作られた薬医門(江川邸は薬院としても使われた)、役所跡、茅葺きの大屋根を支える木組みのみで作られた天井(小屋組み)建屋、吹き抜けの広い土間、幕末に使われた武器庫、文庫、酒造りにも使われたという井戸、駒蔵と呼ばれる西蔵、1590年に作られた裏門などが並んでいる。
また、屋敷内には、薬草となる樹木、ササゲや毘蘭樹なども植えられていて、当時、代官邸が医療所としても使われていたことが分かる。珍しいものでは、日本ではじめて作られたという兵糧用の「堅パン」を製造したパン焼き窯などが残っていて、人々の目を引く。
また、江川邸に連接して「郷土資料館」も併設されており、伊豆・韮山の来歴や由来を知ることが出来る。
♣ 江川邸内に展示されている歴史資料
邸内主屋は、現在、博物館のようになっていて江川家の歴史や由来
を示す展示のほか、英龍の幕末時期の活動を示す数々の資料が展示さ
れている。
江川家が代々使用していた文物としては、歴代の羽織衣装、家紋を記した旗、鬼瓦、治世を示す古文書、地図、書画などがある。第36代の英龍は、文化人として絵画の達人でもあったため自作の墨絵、細密画も沢山展示されている。また、有力武家としての伝統から馬具、日本刀、鉄砲類、弾薬、旗指物なども見られる。また、珍しいものではジョン万次郎が日本ではじめて撮影したとされるアンブロタイプの人物写真、米ペリー提督が持込んだ砲車台も
展示されている。
英龍由来のコレクションとしては、自身の描いた植動物の細密、自画像、書画のほか、下田反射炉建設絵図、お台場建設模型の木型、佐久間象山、高島秋帆などとの交換文書、蘭学者との交流を示す部屋と書物などがある。いずれも貴重なもので、国の重要文化財に指定されているものが多くある。これらを見ることで、江戸末期の緊迫した対外情勢と幕府の対応の一環が、英龍の行動を示した資料を通して理解できる。
♣ 江川英龍の活躍
英龍は、明治維新後、江戸幕府の役割が否定されたため、対外政策に関わった江川英龍の活動は目立って指摘されることは少なかったようだ。しかし、当時の開明派文化人で技術官僚でもあった江川の足跡は、今日、再び注目されるよ
うになっている。特に、英龍の当時の活動としては次の三つが注目されている。
これは、江戸防御のため品川沖に「お台場砲台」を築造したこと、韮山反射炉を作ったこと、難破したロシア船「ティアナ号)を修復し、戸田で西洋式帆船建造を果たしたこと(君沢型戸田号の建造。この船大工が後に各地で、西洋帆船建造に貢献したとされる)が、それである。しかし、その
ほかにも、日本ではじめてパンを自前で焼いたこと(パンの祖記念碑が邸内に立っている)、天然痘流行を防ぐため自ら種痘を行って医療に尽くしたこと、封建武士社会にあって珍しく「農民兵」を組織し海防に当たらせようとしたこと(長州の高杉晋作に先立って近代兵制
のもと)、政府蘭学者として韮山で各地の塾生を集め、西洋砲術や西洋技術知識の普及に努めたことなどがあげられている。
その中でも反射炉建設は英龍の一大事業であったが、激務の末、その完成直前に死去してしまったことは惜しまれる。その後の事業は、子息英敏に引き継がれるが、時代の先を行った英龍の功績は今も記憶されている。
この英龍の功績をたたえるため、韮山反射炉の敷地に英龍の銅像が建てられている。また、江川家の子孫が財団「江川文庫」を設け、史料の維持管理、各種行事を行うほか重要資料のデータベース化を進めている。韮山反射炉訪問の際には是非訪れたい史跡である。
(了)
Reference
- 「江川家の至宝」 橋本敬之 (長倉書店 2015)
- 「江川家の至宝」伊豆新聞特集連載記事(No.1-60)
- 江川邸―史跡 韮山役所跡― 案内パンフレット
- 「江川邸案内」リーフレット (江川邸公開事務室)
- 伊豆韮山江川家文書データベース (財団法人江川文庫) (http://base1.nijl.ac.jp/~archicol/egawa_ke_monjo.htm)
- 静岡県韮山・江川英龍探訪 (http://tekcat.blog21.fc2.com/blog-entry-1687.html?sp)
- 重要文化財「江川邸」ホームページ (http://www.egawatei.com/)