島津製作所「創立記念資料館」訪問

―ノーベル賞技術者も生んだ島津製作所のルーツを訪ねるー

Shimazu- Illust x04 島津製作所は明治以降百年以上の歴史を持つ京都の名門企業。この島津が創立100Shimazu- Hall x01周年を記念して、1975年「島津製作所創立記念資料館」に設立した。一度、この史料館を訪ねてみたいと思っていたが、今年秋、京都へ行く機会があったので立ち寄ってみた。

この資料館は、創業時代の建屋を改造して博物館にしたもshimazu- diisplay x06ので、創業から現在に至る同社の製品開発、企業の発展を創業時のエピソードを交えて詳しく紹介している。なかでも創業二代にわたる源蔵氏の関わった製品開Shimazu- Illust x02.JPG発の歴史が現物で展示されてあり非常に興味深い。明治初期の産業勃興期における産業技術者の息吹を感じることが出来る資料博物館となっている。以下は、この訪問記録。

島津製作所創立記念資料館HP: https://www.shimadzu.co.jp/visionary/memorial-hall/

 

 ♣ 京都老舗の産業機器メーカー 島津製作所とはー

<島津製作所の創業>

Shimazu- Genzo x01 島津製作所は、明治8年(1875)、仏具職人の家に生まれた初代島津源蔵によっShimazu- Book x01て設立された会社である。源蔵は小さいときから好奇心の旺盛であったといわれる。そして、若いとき、当時京都に設立された舎密局(工業試験場)に通い理化学の知識を吸収することを目指す。これがきっかけとなり外国からの外国機器や整備の仕事を始めた。このとき仕事中作った「理化機器目録」が、その後、科学教育機材の開発事業に関わる基礎となっていく。shimazu- Device x11そして、島津製作所を1895年設立、以来、「標本事業」は島津の事業の柱の一つとして発展させることとなる。源蔵が技術者としての才能を見いだした。
一方、京都知事が明治10年(1977)、源蔵に京都の記念イベントに使う「気球」の製作を依頼する。当時の源蔵の知識と技術に注目していたためといわれている。これを受けた源蔵は僅かな経験と絵図だけを頼りに製作に取り組み、試行錯誤の上見事Shimazu- Balloon x01に完成させた。この気球打ち上げは当時大変な人気となり、その後の島津製作所の発展の原動力となった。 創業記念館には、この気球打ち上げの瞬間を描いた絵図が大きく飾られており、展示の目玉の一つともなっている。(別件であるが、京都駅の島津製作所企業広告パネルに、この「気球打ち上げ図」が大きく企業シンボルとして掲示されているのを目にしたことがある)

<二代目源蔵による事業発展>

Shimazu- Genzo x02ところが初代の源蔵は事業発展途上、比較的若くして亡くなってしまう。この後、事業の継続を担ったのが二代目源蔵であった。二代目は、それまでの事業を発展させると共に、電気事shimazu- Device x04業に強い興味を持ち、独自の特許を持つ「「易反応性鉛粉製造法」による蓄電池を開発する。そして、1897年にはースト式鉛蓄電池を完成(日本における蓄電池の工業的生産の始まり)させ、島津源蔵の名を付した「GS “Genzo Shimazu” ブランド」Shimazu- Illust x14を立ち上げ、1917年、日本電池を分社させる。(これが現在のGSユアサ社につながる)

二代目源蔵が取り組んだもう一つの主力事業が、X線装置の開発であった。レントゲンがX線を発見した2年後の1897年に、早くも教育用X線装置Shimazu- X-Ray 01を完成させている。また、1909年には、国産第1号となる医療用X線装置「ニューオーロラ号」を世に送り出した。これは全国の医療機関にも幅広く採用されたようだ。まShimazu- X-Ray 02た、本格的X線医療装置「ダイアナ号」も開発する。創業記念館には、この当時のX線装置がそのままの形で飾られており、当時の装備の姿が再現されている。

また、島津製作所は標本事業の延長上、新しく取り組んだ事業としてファイバー製のマネキン(島津マネキン)と医療教育用の「人体模型」製作にも取りかかっている。この事業は、その後、発展して「京都科学」となって分社され現在につながっている。

<近代機械産業機器メーカーとしての発展>

Shimazu- Illust x06二代目源蔵の後、島津製作所の事業はさらに近代shimazu- diisplay x04化した装置機器の開発に向かい、事業範囲を広げていく。1934年には分光写真装置、戦後の1947年には日本初の電子顕微鏡、56年には「ガストロマトグラフ」完成、95年には生体磁気計測装置を開発。こうして医療用検査機器、産業用機械などの分野で一流企業としての地位を確立していった。こうした一連の事業展開は、創立記念館の年次別事業展開のパネル展示に詳しく示されていshimazu^ Novel x02る。 この中で、特にエポックメーキングとなったのは、2002年、社内の技術者田中耕一Shimazu- Tanaka x01氏のノーベル化学賞の受賞である。これは氏が発明した「イオン化法による質量分析」という分野での受賞で、長年培ってきた島津製作所の医療分析機器技術の結晶であったと位置づけられている。記念館には、田中氏の特別コーナーがあり、島津での「質量分析」開発現場の様子なども再現されていて興味深いものとなっている。

 ♣  記念資料館の展示物

shimazu- Device x05 創業記念資料館には、創業時の制作物を中心に珍しい展示品が数多くshimazu- Device x09陳列されていた。これを見ることで、島津製作所という技術企業が歩んできた足跡を詳しくたどることが出来る。
展示コーナーで最初に目にしたのは、初代島津源蔵が製作した科学教育用の標本や実験用具であった。映画のしくみがわかる「ストロボスコープ」、「3-D実体鏡」、「球体衝突試験機」、「マグデブルグShimazu- old x01半球」など多様である。初代が自ら作った「目録」を元に学校教育用に科学実験装置を自前で作shimazu- Device x10ったことがわかる。また、珍しいものでは初代源蔵が舎密社のワグナー博士から譲り受けたという「木製旋盤機」なども陳列されてあった。

島津製作所は二代目の時代になると、より複雑な機械類を手がけるようになるが、こshimazu- diisplay x03の様子も展示品で確かめることができる。「ウイムシャースト感応起電機」、教育用エッキス線発生装置」、初期のGS蓄電池、各種性能検査機器、そして、医療用X線装置などである。なお、X線装置「ディアナ号」は、実際に使われた装備現場がそのまま再現する形で展示されている。Shimazu- Genzo x03
写真や絵図、文書、模型などでは、創業者の肖像画のほか、当時の社屋写真、「気球打ち上げ図」、レントゲン写真などがみられ、当時Shimazu- X-Ray 03のことが偲ばれる展示となっている。 また、近代科学技術産業として発展していった島津製作所の姿は、時代ごとに整理された年譜展示で示されている。明治から大正、昭和、平成と日本の産業発展に並行して、如何に多様な産業・医療機器製作に取り組んでいったがわかる。この分野における日本の技術開発力を暗示させる展示であった。また、特別コーナーとして、ノーベル賞を受賞した田中耕一氏のセクションがあり、氏の開発した「イオン化法による質量分析」の解説展示もあり興味を引いた。

♣  訪問のあとで

Shimazu- Illust x05 僅かな時間であったが、この島津製作所創業記念館訪問は非常Shimazu- Hall x04.JPGに印象深かった。特に、明治初期の創業者源蔵の新知識追求と産業創成の試み、二代目の旺盛な社会性と技術企業家としての姿が垣間見える。これらの展示からは明治産業勃興期における先駆者としての自負と創業精神とを感じることができるだろう。まShimazu- Illust x11た、産業検査機器や医療分析機器などの専門分野で独自の発展を遂げた京都老舗企業の地道な産業技術の蓄積の系譜、長い間新基軸を追求してきた企業の姿、これらが最終的には技術先進分野shimazu^ Novel x01.JPGでノーベル賞を受賞するといった企業エンジニアを生んでいったことを示していると思われた。日本の産業技術開発の歴史の一類型を見たように感じられた。この記念館の建物自体も明治初期に建てられたもので印象深い。建屋は創業当時のたたずまいを今に残しており、歴史的にも価値が高く国の登録有形文化財にも指定されている。京都歴史散策に合わせて是非訪問を勧めたい企業博物館の一つである。

(了)


参考:

島津製作所創業記念館ホームページ
https://www.shimadzu.co.jp/visionary/memorial-hall/
島津製作所ホームページ https://www.shimadzu.co.jp
島津製作所創業記念館パンフレット
島津製作所創業記念館訪問者用説明資料
質量分析とは?(島津製作所 “田中耕一の思い”)
「二人の島津源蔵」(島津製作所)
https://www.shimadzu.co.jp/visionary/moment/chapter-01/01.html

 

Advertisements