―三菱重⼯の足跡と現代の技術挑戦をみるー
最近、横浜みなと未来地区にある「三菱みなとみらい技術館」を訪ねてみ
た。よく知られるように三菱重工は日本を代表する重工業のマンモス総合企業の一つである。戦前は、軍需産業が事業の中心であったが、戦後は民営部門で電力開発、タンカー、鉄道車両、航空機、宇宙産業開発などに進出して成長し、世界でも知られる有力企業となっている。この三菱
重工が、1994年、横浜のみなとみらい地区に技術センターを作ったことから、この一部として設立したのが「三菱みなとみらい技術館」であった。
技術館では、三菱重工の現在技術開発を進めている事業、環境エネルギー、深海開発、航空機、宇宙装置・ロケット、交通システムなどを実物、模型、シミュレーション装置などを用いて総合的体系的に展示している。私も二度にわたって見学してきたが、現在の科学技術の水準を知ることができると同時に、三菱重工の技術開発がどのような方向に進みつつあるかを体験出来る。なかでも、現在開発中の国産ジェット旅客機MRJの機体模型、H2ロケットエンジンの実物、有人潜水船「しんかい6500」実物分解展示は圧巻であった。
○三菱みなとみらい技術館所在地:〒220-8401 神奈川県横浜市西区みなとみらい3丁目3−1
三菱重工横浜ビル
HP: https://www.mhi.com/jp/expertise/museum/minatomirai/
♣ 三菱重工とみなとみらい
「三菱重工業」は幕末から明治初年にかけて政府によって設立された長崎の造船所
を源流とするが、明治17年(1884年)に、三菱財閥が払い下げた「三菱長崎造船所」が基となっている。その後、1917年、造船部門では「三菱造船」を造り、長崎だけでなく広島、神奈川などに進出し
た。また、事業の多角化を進め、三菱電機(後に分社)、三菱航空機などを傘下に収めて三菱重工業(1934)となった。戦前は、軍需企業として艦船、航空機製造に軸足を置き戦艦武蔵の建造やゼロ戦(ゼロ式艦上戦闘機)の製作など日本の軍事力増強の要であった。戦後、財閥解体により企業は分割された
が、自動車産業や鉄道車両、旅客船、特殊船、タンカー建造などによって復活をはかる。また、日本の防衛整備が始まると艦艇、護衛艦製作などを進める一方、民間の航空機開発、JAXAによる宇宙開発分野にも進出していく。これらを踏まえ、三菱重工の現在・将来の事業開発の姿を内外に示す目的でつくられたのが、この「三菱みなとみらい技術館」であった。
横浜「みなとみらい」との接点は、三菱重工が1935年横浜船渠を吸収合併したことに始ま
る。横浜船渠自体は、1889年(明治22年に)、横浜港の発達には船渠(ドック)、倉庫設備の充実をはかる目的で設立された企業で、艦船の修理整備を行うほか客船氷川丸、秩父丸などの大型客船も建造している。この横浜船渠は合併した後、三菱重工横浜造船所、そして横浜製作所となったが、1990年代、設備が老朽化したため金沢に工場を移転する。また、同時期、この横浜製作所や他の鉄道の広大な敷地を利用した横浜の港湾地区の再開発、副都心「みなとみらい21」計画が始まり、現在のランド
マークタワーやホテル、美術館、オフィス街など横浜を代表する市街区として発展してい
った。三菱重工自体は、本社機能と技術センターを集約した「本社ビル」をこのみなとみらい地区に建設し、その一部に「三菱みなとみらい技術館」を設立することになった。この意味で、技術館は、現在の三菱重工の将来戦略を広報する博物館となっているが、同時に、横浜みなとみらいの来歴を体現しているともみえる。また、三菱重工は、旧来使われていた船渠(ドック)を横浜造船所時代の歴史モニュメントそのまま残し、これが横浜港の「赤煉瓦倉庫」群とともに市民の集う史跡公園区域となっている。
♣ 三菱みなとみらい技術館の展示
既に述べたように三菱重工の事業範囲は非常に広い。このため技術館の展示は広範囲に及んでいる。館内は、航空宇宙、海洋、交通・輸送、くらしの発
見、環境・エネルギー、技術探検の6つのゾーンに分かれていて、大型模型やシミュレーターを使った体験型の展示で、三菱重工の最先端技術をわかりやすい構成で伝えている。館側の説明では「日常生活では触れる機会の少ない科学技術の現在、そして未来に体験型の展示で楽しみながら親しんでいくため」設立したと述べている。このため中高生などの人気の見学場所ともなっている。なかでも、三菱重工が開発中のジェット旅客
機MRJの操縦シミュレーター、宇宙探査ロボットを疑似設計する「トライアルスクエア」などは常時順番待ちの盛況である。各分野別の展示コーナーをみてみよう。
The visitors are able to examine the exhibition by plug in the following YouTube site.
https://www.youtube.com/watch?v=RDRJjIjTRXI
♣ 航空宇宙ゾーンの展示
このコーナーでは、三菱重工が力を入れてきている航空機と宇宙ロケットの紹
介、展示が中心である。そこでは、日本の宇宙航空研究開発機構 (JAXA)が三菱重工に発注して製作したH-IIA及びH-IIBロケット用のエンジンLE-7とLE-7Aの実物を展示している。H-II型ロケットは、同機構が宇宙開発衛星を打ち上げるため1980年代から進めてきたH1型ロケットの改良型で、最新型のLE-7Aは
2000年代以降、H-IIロケットの第1段メインエンジンとして独自で開発したもの。燃料効率のよい二段燃焼サイクルを採用しているという。実際に展示してあったのは、このブースター部分で全長は3.4メートル、重量は1,7
トンである。このエンジンの噴射音もシュミレーションされていて圧巻であった。
このほかホールには、H型ロケットの歴代モデルも模型展示されており、日本の宇宙ロケットがどのような発展を遂げてきたかがわかる。また、これらの開発に関わって三菱重工の技術陣が、このロケット分野に力を入れている様子が分かる。また、展示では、日本の宇宙ステーションの疑似環境模型、宇宙開発の未来を描写する映像室「フロンティアシアター」などもあって興味は尽きない。
航空機部門で最も人気の高い展示は、三菱重工が現在開発中の民間ジェット航空機MRJのシミュレーター展示である。MRJの機首・前胴部の外観と内部が展示されていて、機内では実物の座席の座り心地や、コックピットでMRJのフライト・シミュレーションを体験できる。
♣ 海洋開発ゾーン
三菱重工では、旅客船、コンテナ船、LPG船などと並んで、深海探査などの特殊
船も数多く築造しているが、技術館では、実物大の有人潜水調査船「しんかい6500」や地球深部探査船「ちきゅう」の展示も行っている。ここでは外観に加えて内部も詳しく再現しており、搭載しているマニピュレータや耐圧殻、浮力材などの実物を模型な
ども見られる。地球の深海部では、その地質、地形、生物環境などまだ知られていないものも多く、深海に眠る資源開発も今日の課題の一つとなっている。展示では、これらを踏まえて三菱重工が、どのよ
うにして深海潜水艇、探査艇の製作を行ってきたか、これまでの技術的蓄積を踏まえ資源開発をどのように進めるかを示している。このコーナーは、このような未知の深海の魅力を伝えると共に、深海の科学的研究と深部探査技術の進展を知るには最適であると感じた。館内では、コックピットに入り深海部を眺めるシミュレーション、深海魚の映像スクリーンなども用意されていて、来訪者を楽しませている。
♣ 交通・輸送ゾーン
このコーナーでは、将来的な市街地構成や交通システムをイメージした大型のジ
オラマ模型を展示している。地球温暖化が進み大気汚染などが問題となるなか、将来的な交通システム、特に自動車に頼らない公共交通システムをどのように進めていくかがテーマである。このためのエネルギー確保や通信ネットワーク、電力供給システムなどを体験出来る模型展示である。館では、これを「ぴったりシティー」とよんでいるが楽しめる展示である。やや子供向きの展示になっているが、ここでは、将来の運行されるかもしれないコンパクト型省エネ型トラムカーの運転も体験出来る。
♣ 原子力とエネルギーゾーン
三菱重工は東芝などと共に原子炉開発に取り組んできた。福島原子炉
事故のあと幾分ビジネスの推進はトーンダウンしているが、引き続いて「加圧水型原子炉」の開発には力をいてている。技術館では、この加圧水型原子炉格納容器の小型模型を展示してその安全性をアピールしている。ここでは原子力発電の仕組みを解説しているほか、事故防止のための数々の仕組み、容器内の冷却水スプレー、制御システムなどを30分の1モデルで示している。原発事故の
教訓から安全装置の充実を図るための改良を進めているとの説明である。原発が究極的に安心安全であるかの議論は別にして、原子力発電の仕組みがよくわかる展示であった。また、このコーナーでは、太陽光、風力、地熱などのエネルギー開発の取り組みも紹介している。特に、風力については、直径92メートルの風車ブレードの一部分を実物展示し、間近に風力発電のしくみや技術を観察できる。
♣ 技術体験コーナー
この技術館は、「科学技術の現在や未来を体験型で展示している」とある
ように、館内には、最近の科学技術を紹介するサイエンス・プラザ、様々な機械技術を体験出来るハンズ・オンコーナー、未来スクリーンなどが用意されていて、若い人たちや初めての訪問者にも楽しみながら、近年の科学技術の進歩や将来の生活システムを体験できる展示が充実している。
♣ 見学を終えて
横浜みなとみらいの一角にあるこの技術館は、三菱の取り組んでいる様々な事業
を紹介しているだけでなく、日本が先端的に取り組んでいる産業機械、航空機、船舶、宇宙開発機器などを一覧できる貴重な産業技術館であった。この施設は、IHIのi-Museや東芝の「科学館」のように、三菱重工の歴史や技術開発の経過を年次的に展示するものではなかったが、現在取り組んでいる技術的挑戦をわかりやすく体験出来る博物館として魅力あふれる博物館であると感じた。特に、若い来訪者の来訪を意識してか、体験型の展示が多く親しみやすいものとなっている。特に、未知の科学技術の夢や日本産業の挑戦課題に親しみを感じさせる展示が非常に豊富であると感じた。英語の展示表示や案内も充実しているので、外国人の訪問者も楽しめる産業技術館である。
(了)
Reference:
三菱みなとみらい技術館HP http://www.mhi.co.jp/museum/
三菱重工業 Mitsubishi Heavy Industry Co. Ltd. HP (http://www.mhi.co.jp/)
Mitsubishi Heavy Industry Co. Ltd. HP (http://www.mhi.com/index.html)
MRJ ‒ Mitsubishi Regional Jet (http://www.flythemrj.com/j/index.php)
宇宙航空研究機 H2 ロケット http://www.jaxa.jp/projects/rockets/h2/index_j.html
有人潜水調査船「しんかい6500」パンフレット
http://www.minatomirai21.com/( 横浜みなとみらい21公式ウェブサイト)