光学機器の「ニコン・ミュージアム」を訪ねる

―精密光学機器開発の先駆者ニコンの歴史と製品をみるー

はじめに

 日本光学として創業したニコン社は2015年に100周年を迎えた。これを記念して設立されたのが「ニコン・ミュージアム」である。高級一眼レフ・カメラで世界に大きなシェアを占めるニコンは有力な光学機器メーカーとしても知られる。この歴代製品を一堂に集め紹介・展示しているのが、のニコン博物館である。今年4月JCIIカメラ博物館に続いて、このミュージアムを訪問してきた。ニコン社のカメラ開発技術だけでなく、日本全体の光学機器開発の歴史や現状が実物を通して理解できる。

○ ニコン・ミュージアム所在地:〒108-6290 東京都 港区 港南2-15-3 品川インターシティC棟2F 
HP: https://www.nikon.co.jp/corporate/museum/
  • 博物館の概要と展示
Nikon-x18 Nikkor proto
Nikon-x29 Nikon-S

 この「ニコン・ミュージアム」はJR品川駅につながる品川インターシティー・コンプレックスのニコン本社の二階に設けられている。2015年に開館したばかりで、まだ新しい産業博物館である。ニコンの歴史、歴代の製品、開発した技術の内容を詳しく説明・展示しているのが特色である。展示はカメラだけでなく、顕微鏡、光学測定器、半導体露光装置などの実物を配置し、ニコンが日本光学工業と呼ばれた前身から、製作に取り組んできた数々の光学機器、レンズ、カメラなどすべてを紹介している。

Nikon-x07 F series

また、光認識の仕組みやレンズの構造・性質を示す展示、天体望遠鏡、半導体や医療現場での応用技術のビジュアルな展示もあり、光学パイオニアとしてのニコンの魅力を最大限にアピールしている。これらの展示の中には、訪問者が直に触れたり試したりするコーナーもあり、光学精密の粋を体験できる貴重な博物施設と思えた。

☆ニコン博物館の展示構成と魅力

Nikon x01 Ingot

 博物館は、分野別に幾つかのコーナーに分かれていて、ニコンの取り組んできた光学技術の内容が詳しく把握できるよう構成されている。展示室に入るとすぐに目につくのは、第一の展示であるレンズ原石で、巨大な「造成石英ガラスインゴット」の実物が飾られてある。半導体露光装置につかれているものだそうで、透明で済んだ不思議な光反射をみせている。博物館のシンボル展示であるという。

Nikon 100 year exhibition

第二の展示は「光と精密、ニコン100年の足跡」で、ニコンがたどってきた技術開発と社歴をパネルで紹介している。日本の精密光学を理解する上でも貴重な史料であろう。

Nikon-x06 Screen

三番目のコーナーは、大型スクリーンに、光学の先端技術を示す天体や人体の視覚システム、半導体の構造などを手元で操作して映像化する魅力的な展示で、「ニコンが開く世界」と名付けてあった。

Nikon-x15 optical glass

ニコンの技術といえば卓越した「レンズ」開発技術だろう。第四の展示には、このニコンのレンズがどのような仕組みとなっているかを体験できるコーナーも設けられている。また、レンズの原器も展示されていて興味深かった。

しかし、なんといっても圧巻なのは、ニコンのカメラ第一号「NIKON-I」から現在の最新デジタルカメラ「NIKON-Df」までの450展を集めて展示してある「映像とニコン」の展示である。写真でもわかるように、圧巻の歴代モデル展示といえるだろう。これを一覧するだけでも、どのようにしてニコンが世界的カメラメーカーとして成長してきたがわかる。

Nikon-x31 Optic Insts

また、見過ごせないのは、ニコンが取り組んだ半導体製造装置や測定装置、小型露光装置などの産業用光学精密機器の展示で、「産業とニコン」という表題がついている。このうち、半導体露光装置については、2000年前後までは、日本の半導体技術を支える先端装置として世界シェアの4割を示すほどだった背景を実感できる(注)。現在、ニコンが超精密な顕微鏡やミクロンの動体を視覚化する装置など健康・医療分野に取り組む姿を実物と映像で見られるようになっている。私が、訪問したときは、「ips細胞」を医療に応用する技術に取り組んでいる実験室のモデルが紹介されていた。上記のうち、主な展示の内容を写真とともに概略紹介すると以下のようである。

☆ニコンという会社「100年の歴史」

 ニコンは、1917年、光学兵器の国産化を目指して東京計器製作所光学部・岩城硝子製造所・藤井レンズ製造所が合同して「日本光學工業」を設立したのが原点。その後、ドイツなどの技術を吸収して発展、海軍用の双眼鏡や測定器などを製作、日本ではレンズ技術のパイオニアとなっている。最初に民生用のカメラ製作に取り組んだのは1945年でカメラの名をNIKONとした。このレンズの優秀さが写真家の注目するところとなり、「ライカ」を越える光学カメラメーカーとしてのニコンが成長する。1988年には、社名を「ニコン」に改称し現在に至っている。事業としては、カメラなどの映像機器が6割、半導体関連3割、顕微鏡などが10%前後になっているという。これらニコンの沿革がパネルで紹介されており、日本の光学機器メーカーの展開がよくわかる。

☆展示からレンズの技術を知る

Nikon-x22 Proto Nikon lens 2

 ニコン社は、高性能レンズ開発技術において他の追従を許さない実力を誇っているが、その開発のエピソードをパネルで紹介、1931年に当時日本光学の写真レンズをNikkorと名付けたことからきている。この基となったのは、ドイツの技師から技術移転を受けて独自の領域を築いたエンジニアの努力と技能の伝承、光学知識、革新性であったという。そんな実感を持たせてくれる展示が「レンズの実験室」のコーナー、光学歴史コーナーであった。

☆カメラの歴代モデル展示

Nikon-x10 Nikon Calender

1941年に発表されたNikon-Iから2015年の最新モデルまで、びっしり展示棚に450点のニコンカメラが展示されている姿は圧巻である。ニコンの名を世界に知らしめたNikon-Sはとりわけ目を引く。これが戦争報道カメラマンによって紹介され、当時、プロ用高級カメラの代名詞だった「ライカ・カメラ」を終える存在となったエピソードも紹介されている。その後、Nikon-SP、Nikon-Fとなり、1971年には世界初の一眼レフオートフォーカスを試作、Nikon-F2を生む。F3では宇宙飛行船スペースシャトルにも搭載された(1980年)。

デジタルカメラ分野では、Nikon-E2を富士フイルムと共同開発して発表し、一覧レフでのデジタル時代を主導している (1995)。また、光学部門でのデジタル化の流れに沿い2006年以降はデジタル一眼レフに製作の重点が移し、Nikon-Dシリーズとなって、交換レンズの開発を含めてカメラ業界を引っ張ってきている。コンパクト・カメラではCOOL-PIXが市場での人気が高い。日本のカメラがどのように発展してきたかを見る上でも貴重な展示である。

☆光学産業機器の開発

Nikon-X28 Nikon Optical app for IC
Nkon-x06 Telescope

 カメラを含む映像機器がニコンの主力事業ではあるが、光学機器メーカーとしてのニコンの技術は、産業分野でも大きな比重を占めている。歴史的にも、双眼鏡や天体望遠鏡、そして光学測定器などの製作で技術力を発揮してきた。また、超微細な加工技術を要する半導体製造のための半導体露光装置、FPD露光装置などでは先進的な開発を進めてきた。この博物館では、普段見ることがなかなか出来ないこれらの機器のサンプルが展示してあり、現在における光学技術がどのように先端産業に活用されているかが良く理解できる。また、先進医療現場での光学機器の利用は、実験・応用を含めてきわめて重要な分野であるが、現在どのような科学的・技術的な挑戦が行われているかを示している展示もあり、誠に印象的であった。

☆博物館のみどころ

上記のように、この博物館は、カメラだけでなく光学機器の技術がどのようになされてきたか、将来的にどのような取組みを光学メーカーが行っているかを、ニコンという会社を通してみる上で非常に貴重な施設であるように思えた。中でも、光学の中核であるレンズについての知識、日本の加工技術の精密さと革新性を実感させてくれる。関心のある方には是非訪問を勧めたい産業技術博物館である。なお、ニコン・ミュージアムについては、ニコン自体のホームページにより英文版を含め詳しく知ることが出来る。

(了)

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